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2017.02.14 08:15

大流通を追って 消えないカツオ(8) 山に魚食の“毛細血管”

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なじみの民家にカツオを届ける市川健一さん(四万十町内)

 総務省の家計調査(2014~16年平均)で、高知市の1世帯当たりのカツオ消費量は年間4178グラムで断トツの全国1位。高知の飲食店などでは1年を通じて観光客らがカツオを求める。

 一方で、漁師はここ20年以上、漁獲減を嘆く。新聞には近年「不漁」「危機」といった見出しが並ぶ。

 それでも、県内の量販店には今日もカツオが並んでいる。

 海上の生産者の感覚とは裏腹に、高知県民にとってカツオは、むしろ“消えない魚”ではないのか。

 不漁なのに、なぜ消えないのか。消費地・高知を中心に陸のカツオを追った。

 愛用の軽トラックは「1週間で千キロは走る」という。

 30年間にわたってカツオなどの鮮魚を車に乗せ、中山間地域の顧客に届ける移動販売を続ける市川健一さん(71)は、高知市弘化台の卸売市場で仕入れを済ませ、午前6時に高岡郡中土佐町久礼の川沿いの自宅に一度戻った。

 いつも持ち帰って家の前で放ってやるカツオの血合いを待ち、秋晴れの空にトンビが何羽も舞っていた。

 ◆ 

 出発の準備は淡々とよどみなく進む。市場内でさばいたカツオ5匹やシイラ、タチウオ、サケ、ケンサキイカに値札を付け、荷台のクーラーボックスにしまう。

 軽トラの運転席は、漁船の操舵(そうだ)室のようだ。ハサミ、包装用のビニール袋…。必要な道具が手の届く範囲にぎっしりと並ぶ。ハンドルの脇には昼寝用のキッチンタイマー。昼食の後、きっかり15分間だけ休むという。 

 8時すぎに出発。

 中土佐町内の谷あいの集落で6軒に寄り、隣の四万十町へ。国道から少し入った民家の前でサイドブレーキを引いて車を降りた。引き戸の玄関から頭を突っ込んで叫ぶ。

 「Sさ~ん、お魚どうしようねえ」

 トラックに戻るとカツオ1パックをつかんで玄関から入り、台所へ。玄関横の掃き出し窓の奥から「すまんねえ…」と高齢女性の小さな声。女性は寝たきりで、家族は農作業に出ているという。

 「冷蔵庫に入れちゅうき。忘れなよお!」と市川さん。運転席に戻り、メモ帳に“付け”を書き込んだ。  一軒一軒、得意先の家の前まで行く。次の家が近づくとカセットテープを左手で「ガチャッ」と押し込む。車外スピーカーから歌い始めた鳥羽一郎を合図に、住人が出てくる。

 顧客は「昔200軒、いま100軒」。いずれも20~30年の付き合いだ。「この人のカツオはきれいで新鮮」と信頼され、客は短い品定めで買っていく。

 90歳を超えた女性は家の中から、そろ、そろ、と一歩ずつ近づいた。軽トラの荷台につかまると、「待ちかねちょったあ」。

 「何十年の付き合いやきね。私の好きなもの、この人は知っちゅう。この人が来たら、好きな魚が食べれる。嫁はスーパーに行くけんど(食べたい物を)言えんきねえ」

 ◆ 

 稲の根とわらが残る茶色い田。青々と広がるショウガ畑。軽トラはその中を奥山へと上る。農道を伝い、垣根をかすめ、車幅ぎりぎりの狭い道をバックして民家の軒先にぐいっと入って止まる。

 「ついでに卵を買うてきてくれん?」

 「このスダチ、はなさんに届けてや」

 「なっちゃんは耳が遠いき電話じゃ伝わらん。私の代わりに『ありがとう』を言うちょいて」

 魚と無関係のサービスも快諾。効率的に大量の魚を運ぶ流通とは対極。市川さんのゆく道は、スローな魚食の“毛細血管”だ。

高知のニュース カツオと海

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