2017.11.10 07:00

異色ライター野球離れを嘆く ブログで発信 高知に注目 

 「野球崩壊」という挑戦的なタイトルの本が2016年10月、出版された。子どもの野球離れの要因は、少子化よりもサッカー人気。その実情と問題点、解決法をズバッと指摘した好著だが、高知新聞以外の日本の紙媒体は全くと言っていいほど反応なし。世間から黙殺された格好だ。しかし、著者、広尾晃(こう)さん(58)=奈良県=は意に介さない。新たな発表の場を巨大ネットメディアに得て、この5月からコラムを連載。10月29日にアップした第8話では“野球離れ先進県”高知の新たな動きにも触れている。たった独りで日本野球界へもの申す勇気ある男だが、8年前までは一介の野球記録マニア。それが49歳でブログに目覚め、急速に存在感を増している。異色のライターの実像に迫った。

独立リーグ日本一決定戦の徳島取材で、ルートインBCリーグの村山哲二代表(右)にインタビューする広尾晃さん(10月14日、JAバンク徳島スタジアム)
独立リーグ日本一決定戦の徳島取材で、ルートインBCリーグの村山哲二代表(右)にインタビューする広尾晃さん(10月14日、JAバンク徳島スタジアム)
「黙殺」以前の話?
 〈誰も言わないからあえて言う。このままでは野球に未来はない〉--広尾さんは本の前文で大上段に構えたのだが…。

 「予想通りですな、残念だけど。大きなメディアは野球のウオッチャーでなくて主催者側ですからね。衰退の原因を突っ込んでいくと、自分たちの責任を言わざるを得なくなるから」と話す。

 全国紙は「高校野球1世紀」を機に野球離れや改革に触れ始めたが、突っ込みは浅い。

 「慎重ですよね。自分たちが関わっていることに話が及ばないように言っているから。問題は、新聞という一番信用のあるメディアが真実を伝えることができなくなっているということですよ」

 そうかもしれない、と思って旧知のスポーツ紙編集幹部に聞いてみると、「え!? 全然知らないですね」。職場でも話題になってないという。プロ野球の観客動員が史上最高を更新、甲子園の高校野球も超満員になったりで、都会では野球離れの実感が薄いそうだ。メディアの中では「黙殺」以前の話なのかもしれない。

西武、桑田氏が共鳴
 だが、響いたプロ野球関係者もいた。西武球団は2017年8月17日、広尾さんを球場前ステージに招き、試合開始前にトークショーを開催。「話題の書籍の著者」と紹介したのだ。

 「西武以外にも数球団が、幼稚園児から野球を広げようとしていました。現場の実務担当者は、何かせなあかんと思ってたわけですよ。本の内容が間違ってなかったということです。それがありがたかった」と広尾さん。

 もう一つ。2016年12月、東京大学で開かれた日本野球科学研究会にパネリストとして呼ばれた時、元巨人の桑田真澄投手から「ほぼ僕の意見と同じです」と言われたという。静岡や鳥取の参加者からも、「うちもえらいことになってます」と名刺交換を求められた。野球離れを調べている学者や、スポーツドクターらとも交流が始まり、本は問題意識のある人々との出会いの切符となっていた。

Jリーグ百年構想を学べ
 ところで、本の執筆のきっかけは高知新聞だという。2015年7月の連載「激減、県内少年野球」(10回)だ。当時、高知ファイティングドッグス入りした藤川球児投手(現阪神)の取材で高知を訪れていた広尾さんは連載を知り、「これは高知だけの話ではない。全国的な問題では!?」と直感。1年かけて現場を訪ね、野球離れの実情、原因を確かめ、スポーツ紙の発行部数や野球用具の売り上げ減少を確認。日本サッカー界の大御所、川淵三郎氏にインタビュー。Jリーグが打ち出した「百年構想」に学ぶべきだと提言した。

 「あの連載は驚愕(きょうがく)でしたね。僕は漠然と『もうじき何かが起こる』と思ってたんだけど、実は『もう始まっていた』んだから。原点は高知。今後も高知は定点観測していきますよ。高知の動きは全国の指標になるはずなんで」

巨大サイトが採用
 スポーツメディアの肩透かしを食らった広尾さんだが2017年春、新たな行動に出た。月間2億ページビュー(PV=閲覧数)を誇るウェブサイト「東洋経済オンライン」へ企画書を送ったのだ。すると採用が決定。「日本野球の今そこにある危機」と題したコラムが始まった。

 東洋経済オンラインの執筆陣入りは簡単ではない。広尾さんは月1、2本ペースで載せている。東洋経済オンラインのスポーツ欄ではかなり読まれている方だそうで、「共感者を増やし、いずれは新たなサイトを立ち上げて問題意識を共有したい」と早くも次の展開を考えている。

独立リーグは高い評価
 10月半ば、広尾さんは徳島市内の球場にいた。独立リーグ日本一決定戦取材のためだ。そこへ来ていた日本独立リーグ野球機構の鍵山誠会長(50)=四国アイランドリーグplus(IL)元社長=に本の感想を尋ねると、「書いてある通りだと思います。僕も感じていましたから」と全面肯定だった。

 IL誕生以来13年間、野球界に関わって痛感するのは、組織がバラバラで、サッカーのように一枚岩になれないことだという。「競技人口の激減を目の前にして、誰も何も決められないんです。プロ野球の番記者さんも目の前の選手、チームの動向に目を奪われ、業界全体を見て書こうという視点が薄い。広尾さんの勇気はすごいですね。野球を本当に愛してくれている。もっと世に知られてほしい」と率直に語った。

8年間休まず更新
 広尾さんは翌日には宮崎県入りし、教育リーグに参戦するIL選抜チームを取材。11月下旬には台湾の冬季リーグにも出掛ける。そして自分のブログ「野球の記録で話したい」や、野球・スポーツ専門サイトに書きまくる。出稿は1日3~5本。「野球の記録で話したい」の年間PVは1千万で、「個人の野球ブログとしては日本一かも」と自負。そのために日々、日米の野球データをチェック。テーマは湯水のごとく湧き、ひたすらパソコンを打つ。ホテルの部屋も、移動のための交通機関の座席も書斎代わり。2009年12月以来、一日も休まず更新し続けている。

 疲れないのか。「いや、全く。ブログを書く人はみんな、書かずにおれないんです。ワーカーホリックですわ、はっはっは」

 では、何を目指すのか。「成り行き任せですよ」と気負わない。「食っていくためにやってるだけ。商業ライター歴は長いけど、出版界の野球ライターとして全く認められてませんからね。ただ、独立リーグがうまく育ってくれたらとは思います。球界の危機に対してまともに取り組もうとしているのは独立リーグぐらいですから」

高知の野球を定点観測するため少年野球の現場にも足を運ぶ広尾さん (4月、高知市小津町の付属小学校)
高知の野球を定点観測するため少年野球の現場にも足を運ぶ広尾さん (4月、高知市小津町の付属小学校)
◆好奇心旺盛 波乱の人生 最初の職場は落語協会◆
 遅咲きの野球ライター、広尾晃さん(58)は職歴多彩で職場の倒産も2度経験した波乱の人生。一方で落語に造詣が深く、寺巡りの本も出すという、好奇心旺盛の人物だった。

 立命館大卒業後に選んだ勤め先は上方落語協会。雑誌「上方芸能」で評論を書きたかったという。在学中、年間300日も寄席に通い、上方芸能の編集にも携わっていた落語オタク。今でも録音したネタ集は1万本以上持っており、いずれは本を書きたいという。

 2年で上方落語協会を辞め、広告制作会社へ。コピーライター、プランナー、営業を経験。30代半ばで食品流通関係に移り、さらに茶道・裏千家の企画、マーケティングの仕事も。続いて旅行会社の雑誌編集長。48歳でIT企業の広告担当取締役に。そこでブログによる起業を学び52歳でフリーの身となり現在に至る。

 メジャーリーグについてのブログを書き始めたのは49歳。ほぼ1年後に立ち上げた二つ目のブログ「野球の記録で話したい」は、ライブドア社のブログ奨学金給付対象に選ばれ、執筆が本格的になった。プレーや勝敗に選手の実績を絡めた読み物で、今では月間で最大100万PVを超す人気。時に激しい論争も巻き起こす。

 初めて本を出したのは53歳。「プロ野球なんでもランキング」という「面白本」から始まり書く内容が徐々に深化。2年前に出版したプロレスラー、故ジャイアント馬場の伝記「巨人軍の巨人 馬場正平」は幾つもの書評欄で取り上げられた。そして昨年の「野球崩壊」。野球の将来をマーケティング的視点からとらえ、社会へ問い掛けた意欲作だ。

 そうした過程で、これまで外から眺めてきたプロ野球選手ともつながりができた。となると、次は人物ものへ、とも思うのだが、深入りはしない。
 
 「野球選手のインタビューをメインにするつもりはないんです。それで食ってる人はこの業界には何百人もいますから。60歳近い人間が今更、何ができるのか」と割り切り、「今はどこにも勤めてないんでね。幸いなことに、それしかない仕事が、嫌いな仕事でなかったということ。本当に幸いです」と話す。ちなみに独身ではない。妻と成人した子どもが2人。

カテゴリー: スポーツ


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