2016.04.04 10:58

小社会 土佐路の桜もやっと満開になった。もうすぐ入学式や…

 土佐路の桜もやっと満開になった。もうすぐ入学式や始業式。淡いピンクの花びらが子どもたちを迎える。その一方、中学生の自殺をめぐるニュースの多さに、気分は花曇りになる昨今である。

 まずいじめの有無が問題となり、有識者による調査委員会が設置される。原因は親からの虐待ということもある。なぜ死を選んだのか。なぜ周りの大人たちは防げなかったのか。まだ人生の入り口に立ったばかりなのに。

 これは大人の話だが、夏目漱石は自殺しようと思い詰めるほどの悩みを持つ女性から相談を受けた。その不幸な過去の告白は、漱石を「息苦しくした位(くらい)に悲痛を極めたもの」だった。随筆「硝子戸の中」に描かれる。

 何度か女性と面談を重ねるうち、漱石は「手の付けようのない人の苦痛を傍観する」しかない自分をも見つめている。生きた方がよいか、死んだ方がよいかを暗に問われても、確かな答えはない。最後に漱石は女性に向かい、〈凡(すべ)てを癒やす「時」の流れに従って下れ〉と言った。

 この話は実話で、その後、女性は東京で教師として生きていくと決心した。漱石に宛てた手紙にそう書いている。悩みを抱えた人に「時間が解決する」という言葉があるが、手あかがついた言い方はどこか人ごとのようにも聞こえるかもしれない。

 「生きてさえいれば」「生きているだけでいい」。思春期の揺れやすい心を癒やす、大人の向き合い方を考えたい。
カテゴリー: 小社会コラム


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