2006.02.25 07:00

漁の詩 高知の漁業最前線(1) 第1部 節香る町(1)

メジカを釣り上げると同時に針を外す秋田さん。水しぶきが飛び散る(土佐清水市沖)
メジカを釣り上げると同時に針を外す秋田さん。水しぶきが飛び散る(土佐清水市沖)
銀色の閃光 次々と
 「漁」と書いて「すなどり」と読む。魚や貝をとる人、すなわち漁師のこと。万葉集にも出てくる古語だ。土佐も太古から漁が人々の暮らしを支えてきた。現在も本県基幹産業の一つには違いないが、魚価下落や燃料高騰、後継者不足に悩まされ続けている。高知の漁業の「今」を現場から報告したい。

 第一部は足摺沖で釣り上げられたメジカが節に加工され、都市で消費されるまでを追う。そこからは土佐の節作りの盛衰、伝統のだし文化の復権を願う人々…、さまざまな世界が見えた。

 真っ暗闇だった辺りが、ぼんやりと明るくなってきた。夜明けが近い。一月中旬、肌を刺すような冷気に包まれ、吐く息は真っ白だ。

 ここは足摺岬の南西約二十キロ、メジカ漁師の秋田浩市さん(29)操る「3号浩漁丸」(四・八トン)=土佐清水市漁協下ノ加江支所所属=の船上。
 それは突然、やって来た。船尾から伸ばした五本のさおの一つ。糸の先に食いついた砲弾のような黒い影が、海中から浮かび上がって身をくねらせた。銀色の腹が一瞬、閃光(せんこう)を放つ。秋田さんが巧みにさおを操る。しなるさおの反動で勢いよく海面から跳び出したメジカは、最短距離で彼の左手に吸い込まれた。

 はたくように疑似餌からメジカを外す間にも、次々とほかのさおがしなり始めた。すさまじい入れ食い状態。一秒の無駄も惜しむように、目にも留まらぬ早業でメジカが仕留められていく。ナブラ(魚群)と格闘する漁師のすご腕に息をのみ、夢中でシャッターを切った。

    □  □

 土佐清水沖はメジカの好漁場。3号浩漁丸のように、五トン前後の船に一人で乗って操業するのが主流だ。

 さおは一・七メートル前後。疑似餌を付けた糸の長さはさおと同じ。航行しながら、この仕掛けを流す操業形態は「引き縄漁」に分類される。

 船上で眼光鋭く、無言のまま作業を続ける秋田さんには、近寄りがたい雰囲気がある。小学生のころから父の稔さん(60)とともに漁に出た。

 清水高校漁業科で学び、卒業後は市外のガソリンスタンドに勤務した。だが接客が肌に合わず、一週間でやめて漁師の道を選んだという。父から受け継いだDNAのなせる技だろうか。

 釣り上げられたメジカは、「トン」と音をたてて足元のデッキに落下。傾斜に沿ってコンテナ(魚槽)の穴に吸い込まれていく。

 デッキの上で小刻みに体を震わせるメジカは、ほれぼれするほど美しい。鋳造直後のアルミニウムのように輝き、日の光が当たればかすかに虹色が差す。魚体が描く曲線がまた絶妙で、どこか工学的な美がある。

 体長三〇センチ前後の小さなメジカを、丁寧に一匹ずつ釣り上げる。それでいて一日の漁獲量はトン単位にもなる。土佐清水で発展した独特の漁法だ。

 漁師たちの、機械仕掛けのように正確で素早い作業の繰り返しは、まさに名人芸と呼ぶのがぴったりだった。

記事一覧

もっと見る

カテゴリー: 2008漁の詩掲載年表経済


ページトップへ