2017.07.12 08:25

奇跡の笑顔 山崎理恵さんの思い「花は一気に咲く」を信じて

「救いの神は必ず現れる」と体験を語る山崎理恵さんと音十愛ちゃん(5月、高知市春野町の母親集会)
「救いの神は必ず現れる」と体験を語る山崎理恵さんと音十愛ちゃん(5月、高知市春野町の母親集会)
 6月に高知新聞朝刊で連載した「音十愛12歳 奇跡の笑顔」第3部(14回)の主人公、山崎理恵さん(50)=高知市=の手記と、彼女が重症児デイサービス施設を立ち上げるきっかけとなった社会福祉法人「ふれ愛名古屋」(愛知県)の利用者、五味美早(みさき)さん(33)のインタビューです。挑戦する山崎さんの思い、そして、重症児デイの利用がいかに家族に潤いをもたらしたか――を紹介します。


【母の手記】

 去年の今ごろ、こんな大それたことを私がしているなんて誰が想像できたでしょうか。

 連載第2部が終わった直後で反響のすごさにただ、驚くばかり。半面、プライバシーをさらけだした心労で髪は真っ白に。家計は苦しく、明日の生活もどうなるかも分からない状況もあり、世間の脚光を浴びるまぶしさと現実の落差にとてつもない不安を感じながら、吹く風に身を任せるしかありませんでした。


心のトゲが抜けた

 そんな中で私の心の励みとなったのは第2部終了の1週間後に載った高知新聞「方丈の記」の、高知県立大学、田中きよむ教授のインタビューでした。教授は「知的障害児の父」と言われる故糸賀(いとが)一雄さん(滋賀県)の「この子らを世の光に」という言葉を引用し、〈音十愛ちゃんの果たした役割はまさにこれです。「光を当ててやらねば」と思っていた対象が実は「光になった」。高知県の特別支援教育をランクアップさせたのです〉と言ってくださった。あの一節を読んだ時、心のトゲがすっと抜けたような気がしたのです。

 次女の音十愛が生まれて以来、突っ走ってきた人生。盲学校幼稚部入学を訴えて高知市の「ひろめ市場」前で街頭演説し、高知県教育委員会へも押し掛けました。そんな自分のことを他人はクレーマーとして捉えているのかも? との思いがありました。だけど、あの言葉で、「良かった。自分が信じてきたことが正しかったんだ」と。自分を認めてあげることができ、次のステップを踏む気持ちが芽生えたのだと思います。

 認めてもらえるってすごく大きいんです。だから、私だけでなく、同じ立場にあるお母さんたちも応援したい。「よう頑張ったね」と伝えることで階段を上がってほしい。そのためのお手伝いをしたくなったのです。

 そんなところへ、新たな出会いが待っていました。名古屋で重症児デイ施設を運営する「ふれ愛名古屋」の鈴木由夫(よしお)理事長さんです。「『なければ創ればいい』と、お母さんたちを応援しているよ」と、高知出身で東京にいる障害児ママが知らせてくれたのです。あの出会いがなければこんな進展はなかったでしょう。その後の経緯は連載第3部の通りです。私の諦めきれない思いが、出会いを引き寄せ、目指す場所に連れて行ってくれたのだと実感します。


全てをさらけ出す怖さ

 その意味では、この連載のきっかけとなった1年半前の高知新聞の記者さんとの出会いも運命的でした。当時は離婚から半年。私は傷心の中、故郷の香川へ帰るつもりでした。シンポジウムで体験発表したことがきっかけで取材の打診が入りました。「道草食ってもいいや」と開き直ることにしました。忘れたいことも思い出さねばならない作業は半年にも及び、つらくはありましたが、過去をきちんと振り返ることで頭の中が整理され、誤解が解け、心の荷物が軽くなったことは確かです。

 そして今回の第3部の取材は5カ月間。2016年10月、仕事に復帰した私は、休日はNPO法人の立ち上げ準備や長女の高校進学問題、音十愛の育児で忙しく正直、取材を乗り切る自信がありませんでした。

 第3部の7回目、私が恥を投げ捨てて告白した「家賃滞納、電気も止まる」は、どんな目で世間から見られるのかとても不安でした。全てをさらけ出すことの壮快感と、その思いと相反する副作用のような吐き気を伴う憂うつ感。人生であれほどの経験をすることもめったにないでしょう。でも、真実を知ってもらうことで本気の思いも伝わったのではないかと感じます。


出会いの連鎖が神を呼ぶ

 2016年秋以来、講演や講義に6度、招かれました。本当はあまり人前で話したくはありません。不幸を売り物にしているように思われるかもしれないし、つらかった過去を思い出すのは、身を引き裂かれるように苦しい作業です。

 一方で、知っていただきたいこともありました。「出会い」は本当に突然やってくるんです。何度も経験しました。人生って波のようにいろんなことが押し寄せてきます。でも踏ん張ってしのいでいたら、必ず救いの神が現れる。大雨でも勇気を振り絞って一歩を踏み出す。そうしたら、誰かが次のステージへ連れて行ってくれる。そしてまた踏ん張れる。人生その繰り返しでした。そういうことをお伝えしたくもあったのです。

 講演したことで、思わぬ支援もいただきました。高知県佐川町の母親大会関係者の方々が募金活動を展開し、60万円を超す額を私たちに贈っていただけるそうです。1千人以上の方が賛同してくれました。感激です。高知新聞・高知放送「生命(いのち)の基金」の助成金100万円も含めて皆さんからの浄財は総額800万円にも。信じられません。素直にありがたいです。個人の懐には入らない仕組みになっており、すべてNPO法人の運営に充てさせていただきます。


9月開設 間に合う気配

 離婚で家族がバラバラになり、息子とも一緒に暮らせなくなるなど、つらい経験もしましたが、母親としての生き方を変えたのはまぎれもなく娘の音十愛です。たくさんの出会いを通じて自分がやるべきことに気付かせてもらいました。途中で音十愛を育てることをあきらめていたら、こんな素晴らしい思いは味わえなかったでしょう。

 私の好きな言葉に「花は一気に咲く」という表現があります。人生はどんな困難もあきらめず、こつこつ続けていたら、思いを共にする人たちが集結し一気に花を咲かせる。自分の経験からそう、信じます。

 心配していた施設の物件探しも何とか9月のオープンに間に合いそうな気配です。生みの苦しみはまだまだあると思います。1年前、「明日」さえ不安だった貧困主婦が、踏み出す勇気を頂けたのは信頼できる仲間、そして多くの方々からの温かいご支援のおかげです。皆さまからの期待をしっかり受け取り、輝く未来に向かって進んで参ります。本当にありがとうございました。

 募金は郵便振替口座「01670―1―42920」、口座名「特定非営利活動法人 みらい予想図」。問い合わせは山崎さん(090・1326・3819)です。


「ふれ愛名古屋」の重症児デイ施設「Hana」のおかげで五味さん(中央)は次女(左)も産むことができた。右は長女、渚彩ちゃん、左端は鈴木理事長(愛知県名古屋市昭和区)
「ふれ愛名古屋」の重症児デイ施設「Hana」のおかげで五味さん(中央)は次女(左)も産むことができた。右は長女、渚彩ちゃん、左端は鈴木理事長(愛知県名古屋市昭和区)
「在宅」って楽しいよ!次女出産の余裕もできた 名古屋の母、五味さん

 ふれ愛名古屋の鈴木由夫理事長はいろんな場で、重症児の母、五味美早さんのことを「大うそつき」と笑いながら紹介する。放課後等デイ施設を利用し始めた2015年10月、長女の渚彩(なぎさ)ちゃんは1歳5カ月だった。やっと「24時間看護・介護」から解放された美早さんは、「働きたい」と言っていたが、見事に裏切り今春、第2子を出産したのだ。

 「すごいことですよ。昼間に母子分離ができたことで、人生が変わった。渚彩ちゃんはお姉ちゃんになることができた。こんなうれしいことはないですよね」と鈴木理事長。
 渚彩ちゃんは生まれてから11カ月間、新生児集中治療室(NICU)で過ごした。人工呼吸器を着けている。病院から在宅生活を勧められた母は困惑した。

 「在宅って言われても全然、イメージ湧かないし。情報が欲しくて『教えてください』って言っても、NICUの看護師さんって、在宅の知識が全くないんです。先輩お母さんを紹介してほしいと頼んでも、個人情報だから駄目みたいで。家で私一人で面倒見るなんて絶対無理って思ったんです」

 だが、いつまでもNICUにはいられなかった。追い込まれた時、在宅医療支援に力を入れている病院があることを知り転院した。そこには、NICUとは雲泥の差の在宅情報があった。病院によって全く違うらしい。不安が薄れ、1歳1カ月で渚彩ちゃんは初めて自宅へ戻った。

 ただ、簡単ではなかった。院内と全く違う風景と雰囲気に渚彩ちゃんは大泣き。ベランダでそよ風に吹かれ、日差しを浴びただけでまた大泣き。夏の暑さもあって家の前の公園デビューまで2カ月もかかった。だが、バギーで出掛けると、人工呼吸器や血中酸素濃度のモニターが鳴って、パニック状態で家へ戻る。その繰り返しで10分、20分と公園滞在時間を延ばしていったのだ。

 ふれ愛名古屋の存在を知ったのはその1カ月後。見学に行った途端、渚彩ちゃんの表情がパッと輝いた。名前を呼ばれて返事して、「すごいねー」と褒められると、また表情が出た。家では考えられなかった激しい動きのシーツブランコ遊びも喜んだ。今では週3日の利用で、他の日は自宅で訪問看護やリハビリ、入浴サービスを受けている。

 昼間に自分の時間ができた五味さんは、仕事を探したが、時間の都合で難しい。そうこうするうちに、2人目ができる。身ごもると周囲は一様に驚いたという。

 「え、大丈夫!? みたいな。障害児が生まれたら、『ママの人生はそこで終わり。子どものために生きてほしい』『きょうだいをつくったり、ママが友達とお茶しに行くのはとんでもない』、みたいな考え方があるみたいで」と顔を曇らせる。でも、産んだ。次女の誕生は渚彩ちゃんにも刺激となり、新しい感情や動きが芽生えている。

 ふれ愛名古屋がなければどうなっていたのか。尋ねると、「そんなこと想像もしたくないですよ。間違いなく、妹はできてなかった」と笑い飛ばした。

 重症児のお母さんでデイサービスを使ってない人は結構、多いらしい。そこで五味さんは名刺を作って病院関係者に配り、連絡をもらえるように頼んでいる。

 「お母さんって孤独なんです。入院中に済ませておけばいい手続きとかがいっぱいあるから、相談に乗ってあげたいし、『在宅ってこんなに楽しいよ。人生変わるよ』って伝えたいんです」

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