2014高知豪雨
2014年8月4日朝刊

日曜の朝、不意の濁水 高知県内豪雨浸水被害

 日曜日の朝、不意の濁水――。台風12号の影響などで降り続いていた雨は3日になってさらに激しくなり、高知県中部を中心に浸水や土砂崩れの被害が出た。高知市では全域の約16万世帯が避難勧告の対象エリアになる過去にない事態になり、高知県都に甚大な被害を出した「高知豪雨」(1998年)を思い起こさせた。

  高知市 紅水川が越流 住宅、商店街水浸し

 高知市では、2日にまとまって降った雨が3日未明にいったん弱まった。しかし、早朝から一気に雨脚が強まり、午前6〜9時は時間雨量51・5〜61・5ミリの豪雨が打ち付けた。

 中でも市街地北部を流れる紅水川は、南万々の石神橋付近で越流。近くの万々商店街はピーク時で膝上まで浸水した。

 万々商店街で喫茶店を営む山崎博文さん(53)は「9時ごろ慌てて店へ駆け付けると、道路が海みたいな感じになっていて、店にどんどん水が入ってきた」。婦人服店経営の山本桂子さん(74)も「ここで店を開いて45年目。今回の大雨の被害が一番ひどい。1カ月は営業できん」とこぼし、ぬれた商品や書類の整理に追われた。

 浸水被害は周辺の住宅街にも広がり、60代の女性の自宅では床上浸水で畳が浮いた。深夜に大きな被害が出た’98高知豪雨の記憶がよみがえったのか、「暗くなってもっと被害が出たらどうしよう…」と不安をのぞかせた。

 高知市では他にも北部を中心に浸水被害が相次ぎ、高知赤十字病院(新本町2丁目)周辺も午前8時ごろに膝元まで冠水。近くの喫茶店経営、青木中さん(37)は「消防に連絡して土のうを持ってきてもらったが、それでも店内に水が入ってきた。ここまでの冠水は’98高知豪雨以来」と困惑していた。

 浸水被害は郡部にも及び、長岡郡大豊町の川口地区周辺では、床上3棟、床下25棟が浸水。避難所に子ども2人を連れて身を寄せた女性(33)は「ドーンという音で目が覚めた。崩れてきた土砂で玄関のドアが開かなくなっていた」。

 須崎市の吾桑地区では、桜川があふれて住民約30人が吾桑公民館に避難した。1人暮らしの女性(83)は「昨夜はすごい雨の音で全然眠れんかった。早く家に帰りたい」と疲れた表情を見せていた。

 【写真】豪雨で水があふれ出した高知市の紅水川(3日午前9時半ごろ、高知市南万々)

  高知市 「警戒の徹底」促す 避難呼び掛け 全域は76年以来

 高知市が3日発表した「高知市内全域」を対象とした避難勧告は、1976(昭和51)年に故坂本昭市長が「自分の命は自分で守ってほしい」と事実上の非常事態宣言を出して以降では初の全域対象の注意喚起となった。

 高知市は3日午前5時に災害対策本部を設置。3日午前8時からの本部会議で、山間部の鏡、土佐山地域とその周辺、急傾斜地が多い春野地域で土砂災害の恐れが高まっていると判断し、3日午前9時にこれら地域への避難勧告を出した。

 しかし、3日午前9時前の段階で高知市塚ノ原の江ノ口川、高知市福井地区の紅水川で水位が氾濫危険水位を突破。引き続き強い雨が予想されていた上、3日午前10時14分が高知港の満潮時刻だったため、下元俊彦・防災対策部長から報告を受けた岡ア誠也市長が全域への勧告を決定し、報道機関や携帯電話を使った緊急速報メールなどで市民に周知した。

 高知市は98年の「’98高知豪雨」(死者8人)の際、大きな被害が出た高知市東部に避難勧告を出さず、強い批判を受けたことがある。

 岡ア市長は「各河川が危険水位を超え、市民に警戒を徹底してもらう意味も含めて全域にした」とし、下元部長は「(特定の)エリアを決めるより全市的に危険と伝えることを優先した」としている。

 高知市内95カ所の避難所に避難した人数は380人で、下元部長は「勧告後に雨が弱まったこともあり、市民一人一人の判断の結果と思う」。一方、速報メールの発信は避難勧告発表から40分たった後で、「これまで大雨に伴う勧告でメールを使ったことがなく、タイムラグが生じた。今後、より迅速に活用できるようにしたい」と話している。

  高知市の小中生ら 工石山で78人孤立

 高知市工石山青少年の家(高知市土佐山高川)で3日、周辺の県道が土砂崩れで通行止めになり、少年陸上クラブ「土佐JAC」(高知市、31人)と高知少年少女合唱団(高知市、44人)ら計78人が孤立状態になった。

 高知市によると、孤立したのは幼児7人、小学生37人、中学生6人、高校生1人、保護者24人、職員3人。3日に土佐JACがバスで下山しようとしたところ、3日夕方までに、工石山青少年の家に通じる県道で、土佐郡土佐町側と高知市側の双方に土砂崩れが起きていることを高知市の担当者が確認したという。

 高知県災害対策本部によると、土佐町側ルートは軽自動車なら通行可能とみられる。4日朝に安全を確認した上で、必要な物資を搬送するように高知市と調整しているという。

  高知市水道一部で濁り、水圧低下恐れ 今朝から

 高知市上下水道局は3日、台風12号による大雨の影響で4日午前6時ごろから高知市の「上街」「旭街」「秦」「初月」の各地区で水道の水圧が下がり、「高台や3、4階建てビルで水が出にくくなるほか、水道水が若干濁る恐れがある」と発表した。

 鏡川の水の濁りが旭浄水場の浄水処理能力を超える状態になり、3日午後1時半ごろから取水を停止しているため。4日午前6時以降、対象地域の小学校や公民館に給水車約10台を出して対応する。復旧は未定という。

新放水路 いの町枝川守り切れず

 「放水路は当てになるのか」―。吾川郡いの町枝川の抜本的な浸水対策として、国土交通省が2007年に整備した新宇治川放水路は結果的に、今回の豪雨から地域を守り切れず、住民に戸惑いと不安が広がった。放水先の仁淀川の水位上昇に伴って「宇治川に逆流の恐れがある」と、国土交通省高知河川国道事務所が水門を閉鎖。ちょうど雨脚が強まった時間帯と重なり、200棟以上が浸水した。

 宇治川は勾配が緩く流れが遅いため、枝川地区は過去の台風や豪雨で浸水被害が頻繁に起こっていた。放水路はそんな状況を改善しようと、国交省が約250億円を投入して建設。いの町是友の宇治川と八田の仁淀川の間2・5キロ余りを結び、直径約7メートルのトンネルを通じて最大で毎秒50トンを放水する。

 高知河川国道事務所によると、大雨で放水路の水位より仁淀川の水位が高くなった場合は水門を閉め、逆流を防ぐ必要があるという。今回の豪雨ではこの状態が起きたといい、3日午前1時半からの約3時間と、午前7時半からの約1時間の計2回、水門を閉めた。

 2回目の閉門時に雨脚が強まり、いの町が設置した雨量計で時間雨量110ミリに達した。高知河川国道事務所の見立てでは、その間に水がはけず、住宅地にあふれたという。高知河川国道事務所の内山俊浩・事業対策官は「閉めないと、仁淀川の水が逆流してさらに被害が出る。今回は自分たちが想定する以上の雨だった」と説明する。

 濁流があふれた住宅地では家から出られなくなり、窓から不安そうに外を眺める住民の姿があちこちで見られた。いの町役場には高齢者らから助けを求める電話がかかり、消防団がボートで近くの枝川小学校まで避難させた。

 枝川小学校体育館には11人が避難。病気の夫と2人で暮らす尾崎博美さん(63)は「水かさがどんどん家に迫ってきて怖かった」と救助要請した当時を振り返った。

 地区には、水門を閉める旨の放送があったといい、住民の間には「なぜ閉める」との戸惑いや放水路効果に落胆する声も。自宅が床下浸水した女性(61)は「もう大丈夫と思っていたのに。放水路がどこまで当てになるのか不安」と話した。

 【写真】浸水した住宅地でボートを使い住民を救出する消防団員ら(3日午前11時35分ごろ、いの町枝川)

  日高村 孤立状態に 国道33号 広範囲で冠水

 高岡郡日高村では3日、幹線道路の国道33号が広範囲にわたって冠水し、多くの地域が孤立状態に陥った。被害の全容は判然としないが、日高村によると、少なくとも130棟が床上浸水し、最大265人が公的施設などに避難したという。

 谷本勲副村長によると、村内を流れる日下川の水を仁淀川に排出する放水路で3日朝、ちりを取り除く機械が詰まり、機能しなかったのが浸水の一因とみられる。谷本副村長は「昭和51(1976)年の台風以来の被害。対策を考えないといけない」と話した。

 日高村本郷や岩目地、沖名では、3日午前のピーク時に1メートル余りの高さまで浸水。消防団員がボートで移動し、自宅の2階に避難した住民を救助したケースもあったという。

 岩目地の国道33号沿いでたこ焼き店を経営する尾崎真一さん(66)は「店はほとんど水没していたが、腰まで水が来て怖くて近づけない」。沖名に住む池清美さん(44)は「朝起きた時から自宅の周りで水がどんどん増えた。夜になっても2階で身動きが取れず、雨の音がするたびに不安になる」。

 3日午後9時時点でも、岩目地の国道33号は50センチ程度冠水しており、復旧のめどは立っていない。

  交通機関に乱れ

 大雨の影響で高知県内では交通機関が乱れ、冠水による道路の通行止めも相次いだ。

 JRは土讃線の琴平―窪川間、予土線の近永―窪川間ともに終日運転を見合わせた。土佐くろしお鉄道でも中村宿毛線が終日運休、ごめん・なはり線は一部運転を見合わせた。

 土佐電鉄の路面電車も午後から順次運転を見合わせ、午後4時から全線運休となった。

 高知自動車道は、川之江ジャンクション(JCT)―南国インターチェンジ(IC)間の上下線とも午前6時40分ごろには通行止めとなり、午後1時ごろから川之江JCT―中土佐ICに通行止め区間が延びた。

 国道33号の高岡郡越知町横倉―愛媛県久万高原町中津、高岡郡日高村本郷―岩目地などが、冠水などにより通行止めとなっている。

 高岡郡佐川町、中土佐町、吾川郡いの町で計435戸が一時停電した。

  高知県選手の棄権相次ぐ 四国中学総体 通行止め響く

 大雨の影響は3日、四国各県で2日から開催されている四国中学総合体育大会に出場する高知県選手にも波及。やむなく棄権するチーム、選手が相次いだ。

 団体競技は相撲で明徳義塾、バスケットボールで男子葉山、女子北陵の3校、個人競技でもソフトテニスの選手らが道路の通行止めで県外の会場に到着できなかった。

 明徳は、午前5時に須崎市内の明徳義塾中学校から徳島市に向けて出発したが、高知自動車道の高知インターチェンジ(IC)で足止め。待機したが、試合に間に合わなくなり、棄権の連絡を入れた。

 明徳義塾中学校は7月の高知県総体で敗れ、四国で開催される全国中学校体育大会(全中)出場を逃していたが、四国総体の4連覇が懸かっていた。

 引率の亀井邦昭教諭(54)は「まさかの大雨でこんなことになってしまった。子どもたちは悔しさを晴らそうと頑張っていたので残念。ただ、高校でも競技は続けるので頑張ってほしい」と選手たちを励ましていた。

  吉野川に流され 男性1人不明 徳島

 徳島県美馬市の建設現場で3日、建設資材の回収をしていた東京都青梅市の会社員、須藤豊さん(40)が増水した吉野川に流され、行方不明になった。

 また午前7時半ごろには、阿南市の「YMCA阿南国際海洋センター」が、土砂崩れで県道が通行できなくなり孤立。滞在していた大阪府や兵庫県の小中学生61人とYMCA職員ら13人の計74人が海上保安部の巡視船などで救助された。

  原因は2つの「暖湿気」 束になり高知県へ流れ込む

 高知地方気象台によると、2日から3日にかけて記録的な大雨が降った原因は、「暖湿気」と呼ばれる暖かく湿った空気の流れが西と東から収束して流れ込んだためだという。

 西から流れ込んだ暖湿気は、台風12号がもたらした。

 8月上旬の台風は例年なら沖縄周辺を通った後、太平洋高気圧の勢力に押されて中国大陸へと進む。それが今回は高気圧の勢力が弱く、九州の西側を朝鮮半島に向かうコースをたどった。

 半島周辺まで北上すれば、大陸からの風で東に流されることが多い。

 今回はそれも弱く、ほぼ停滞した状態。さらに九州南西の海水温が平年より1、2度高かったため勢力を維持し続け、反時計回りで進む台風から高知県沖に大量の暖湿気が流れ込んだという。

 一方、もう一つの暖湿気は太平洋高気圧の周縁部を回って流れ込んだ。その二つの流れが一つにまとまり、大量の雨雲を生んだとみられる。

 ’98高知豪雨では、西日本上空に停滞した秋雨前線に、太平洋高気圧の暖かく湿った空気が流れ込み、狭い範囲に豪雨をもたらす気流「湿舌」という現象が見られた。今回はその時より大雨が降った範囲が広く、湿舌とは異なるという。



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