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七月下旬、高知市升形を訪ねた。「第四十五回よさこい祭り」の開幕まで約二週間。市内に九つある地区競演場の一つになる升形商店街の神田尚和(46)は、この日も奉加帳を手に近隣の事業所を寄付金集めに回っていた。
地元商店街振興組合の理事長で、印章店の三代目。取材で集金に同行させてもらう約束になっており、店を訪ねると早速、「行こか」と立ち上がった。
「まず近所の美容室。えーとあそこは去年は…。おっ、五千円もくれちゅう」
昨年の寄付金リストを確認した神田は、にこにこ顔で美容室へ。世間話をしながら話を持ち掛け、昨年と同額の金をもらった。
「千円、二千円が普通だし、助かるわあ。百万円以上集めないかんもの。ま、踊り子の笑顔見たら、準備の苦労は吹き飛ぶけど」
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長髪を後ろで束ねた独特の風ぼうの神田は、周囲を明るくする陽気な性格。一昨年からは鳴子踊りの本番初日の夜、多くのチームが一緒に踊る「升形総踊り」を実現させ、好評を博している。
もっとも、よさこいとのかかわりは決して明るい話ばかりではない。つらいこともある。過去二十八回出場してきた升形商店街チームは、地元の高齢化と人手不足で四年前に出場中止に追い込まれてしまった。
「店やって家事やって、地区競演場とチームの両方の運営をするのが限界にきて。商店街の組合員全員に意見を聞いて決めた。つらかった。ずっと頑張ってきたもん。地元の子供が安心して踊れるチームがなくなって悪いなあと思ったし。少しは楽になるというほっとした気持ちと、寂しいというのと半分ずつの、複雑な気持ちやった」
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地区競演場の運営は程度の差こそあれ、どことも似たような状況だ。地元商店街は大型店に押され、経営は先細り。若者が見切りをつけて外に出る。しにせが店を畳んだ後にできたテナントは、従業員のなじみも薄い。升形でも競演場の裏方を務める約三十人のスタッフを地元だけでは賄いきれず、交通警備はアルバイトを六人雇っている。
「平成四年に万々が出場をやめてから次々に。今、三カ所かな、踊り子チームを出してない競演場。このままやとほんまに駄目になる。うちと隣の上町が競演場を統合せんといかんなることも、可能性としたらあるんやから」(神田)
その上町では、八月に入ると地区競演場の本部小屋づくりが始まった。十数人の男たちが早朝からとんかちをたたいたり、照明の電線をつないだり。
「うちはチームが出せる分、まだましやが、そりゃあ昔は面白かった。祭りの準備で飲んで、終わったら打ち上げで騒いで。けど最近はチームにカネがかかる。音響とか高いもん。で、わしらが飲むカネ、のうなった。祭りゆうたち集まって騒ぐ機会はめっきり減って、寂しいもんよ」
首にタオルを巻いた年配の男性は、そう昔を懐かしんだ。手作りの味、どこか村祭りのにおいがする地区競演場。そのにおいが薄れつつある―。
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ホームチーム制。
今、競演場関係者の間でそんな言葉がささやかれている。運営難の競演場を各チームの応援で支えようという発想だ。スタッフや踊り子がひと夏、あるいは毎年継続して所定の競演場の運営を担う。運営が無理なら、せめて準備や後片付けの一部でも。百チームから一人ずつ出れば、追手筋本部を含む各競演場で十人の人手が生まれる。
「踊るだけでなく、裏方のしんどさ、楽しさも感じてもらう。若いもんも競演場の年寄りも一緒に汗を流す。連携する。交流する。それをやりたい」(競演場連合会の岡崎直温)
祭りの新しい土台づくりとしてのホームチーム制。それもいい、と思う。
=文中敬称略
(社会部・山岡正史)
【写真】地区競演場の審査場を設営する住民。よさこいの舞台は大勢の裏方の汗で支えられている(8月1日、高知市本町4丁目)
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