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「ユニティビート」の練習はのんびり和やかに続いている。なかなか楽しいのだが、ほかのチームも見てみたい。どこでどんな若者が、どんな表情で踊っているのだろう。人気チームの「セントラルグループ」はどうだろう。ある夕方、練習ぶりをのぞいてみた。
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「さあみんなー、キレるのよー、どんどんキレてってよー!」
キレる若者がまん延して困っているご時世に、いきなりの「キレろ!」だ。ひっくり返りそうになった。場所は高知市中宝永町のパチンコ店屋上。声の主はダンスインストラクターの国友須賀さん(45)。一年の大半はハワイ暮らし。派手なブルーの透けた上着を羽織り、褐色の肌と髪。
「みんな、この場面は自由に踊っていいんだからね! ファーッとかハーッとか言ってよ! 『キレるー』『行く行くーっ』てとこまで踊ってよ!」
胸にゼッケン番号を付けた踊り子たちが、ポップコーンのようにはじけだした。くねる、飛ぶ、跳ねる、回る。高鳴る足音と、打ちそろう鳴子の音。後頭部の辺りがじんじん、じわーんとしびれた。
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「何かこう、思春期って抑え込まれてるじゃないですか。でもよさこいは縛られず自由っていうか…。夢中で踊っていると、突然ぷつんと何かが切れて、後は勝手に体が動き出す。『ダンシングハイ』がやってくる」
山田高三年の竹村征洋君(17)=南国市=が、もどかしそうに言葉を選んで話し、汗をふき、また最前列近くで跳ねだした。両親に国友さんのダンススタジオの知人がいて、中学二年からここで踊っている。
弟の幸祐君(12)は大篠小六年。お兄ちゃんをまね、小学二年から参加している。踊るのは夏だけ。踊りは我流。足が遅くて体育は苦手。学校の友達も先生も、彼が踊っていることを知らない。
「自由に踊っていい」というシーンで幸祐君は、目を見張るようなダンスを見せる。細い手足をしならせてくたくたとよろめき、崩れ落ちるようなアドリブを挟む。
「見てー、この子のダンス!」。国友さんは後ろで踊っていた幸祐君を引っ張りだし、ほかの踊り子を座らせた。輪のど真ん中。幸祐君は自慢のアドリブのダンスを、糸が切れたように舞い出した。「オーッ」とどよめき。シャンシャンと鳴子の拍手…。
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国友さんが、ジャスダンスを初めてよさこいに取り入れたのは昭和五十八年のこと。新鮮なステップが、若い世代の祭りへの参加に一層拍車をかけた。以来ずっと祭りを通して高知の若者を見続けている。
「最近ね、幸祐君みたいな子、増えてきた。新人類やね。踊りは下手。かっこよく見せようなんて、ちっとも思ってない。でも、飛び越えちゃってる」
こう話す国友さんは、「踊りたい子は、本物のエネルギーに触れたいと思っている。エネルギーが飛び散るような踊り。行くーって感じの、飢えて、キレるような踊り。これ、本物の踊りですわ」
二時間の練習が終わっても、屋上には熱気がゆらめく。土佐塾中の三年生、高岡高の一年生、二浪中の予備校生の三人組が「あー面白かったあ」。竹村君兄弟もぺこりと頭を下げ、「気持ちよかったです」。みんな、水をかぶったような汗。まぶしい若さ。
「こんな激しい踊り、本番の炎天下で続けたら死んじゃうよ」と、率直な感想を高知大の女子大生(19)にぶつけた。清涼飲料水をグビッと飲み、彼女は気持ちよさそうにこう言った。
「死にたいね…」
(社会部・石井研)
【写真】ほかの踊り子が見つめる中、はじけたように舞い続ける竹村幸祐君(高知市中宝永町のパチンコ店屋上)
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