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ことし元日付の本紙特集で、全国にどれだけ鳴子踊りが普及しているかを地図で示して紹介した。
基礎資料は過去の記事や「よさこい祭振興会」などの活動報告。だが、これが予想外にやっかいな作業だった。行政を含め、県内でよさこいにかかわっているどの団体や個人も「鳴子文化圏」の全容をきちんと把握していないのである。
イベントの一つとして高知から踊り子隊を招いている所は多いし、イベントを契機に鳴子踊りが根付いた所もある。しかし関係機関がそうした情報を積極的に交換しているわけではないし、どこかがとりまとめて一本化しているわけでもない。最新情報の入手も十分ではなかった。
だから今現在、全国で何カ所がよさこいを導入し、どこにどんな祭りがあるのかとなると、本家高知といえどもだれ一人として分からない。それが現状だ。
「一つの地域の取り組みが別の地域に飛び火したりして、とてもすべてを把握するまでは…」とある担当者。その言葉は、「鳴子文化圏」がそれほど急速に全国に広がっていることの裏返しでもあった。
結局、何らかの形で鳴子踊りが披露された場所として紙面で紹介することができたのは国内で五十七カ所。ほかに米国やフランス、シンガポールなど海外が十二カ所に及んだ。
その後も、どこそこでよさこいを導入する動きがある、という話は次々と飛び込んできた。神奈川の横浜市や座間市、東京の江東区深川、大阪の箕面市、九州の佐賀市…。社会全体が右肩下がり、沈滞ぎみのこのご時世にあって、よさこいだけは目覚ましい勢いで増殖しているのだ。
とにかく、いくつかの「文化圏」を訪ねてみよう−。そう考えての文化圏巡りだった。
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「なぜ、よさこいなのですか」
訪ねた土地土地でそう質問した。各地にそれぞれ伝統行事や祭りがある。そこになぜ、新しい祭りを求めるのか、という疑問がまず一つ。そしてもう一つ、知りたかったのは、なぜよさこいでなければならなかったのか、という点だ。
その答えは連載の中で紹介したが、面白いことに、各地で例外なく聞いた言葉が一つある。それは、
「鳥肌が立った」
である。
各地でよさこいの導入を中心になって進めている人は、初めてよさこいに触れた時、例外なく「鳥肌が立って」と口をそろえる。それほど強烈な“よさこい体験”を味わっていた。
何にそれほど感動したのか。説明は本人にも難しい。鳴子のリズム、踊り子の表情、汗、陶酔、一体感、その後にくる虚脱感…。それらの総体としての祭りが生み出す灼熱の時と空間に、「鳥肌が立って」しまうのである。
どきどきする。わくわくする。夢中になる。われを忘れる。没頭する。私たちはそんなことの少ない社会に生きている。心の振幅の少ない時代である。その中にあって、人の心を引きつけてやまない何かが今の「よさこい」にはある。そうとしか言いようがない。
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取材班がぶつけたもう一つの質問。それは「どういう経緯でよさこいを知ったのですか」である。
これは明快だった。訪ねた地域のほとんどが、高知ではなく、「札幌のYOSAKOIソーランを見て」なのである。六年前、一人の北大生が思い立ったその祭りは、今や本家をしのぐ規模に成長し、全国にその影響力を及ぼしている。
「すごい、よかった」。高知からのYOSAKOIソーランに参加したある人はそう言う。別の人はこう言う。「いかん、札幌にやられた」
札幌に行かなければならない。
(社会部・松岡和也、山岡正史)
=第1部おわり=
【写真】年々進化する「よさこい」は、全国各地へ急速な広がりを見せている(昨年の第44回よさこい祭り)
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