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小さな商店街だった。ここが入り口かな、と思ってきょろきょろしてる間に、商店街を出てしまった。
道端から製茶業を営む田尻正志さん(48)の携帯電話に連絡すると、「おーい、ここ」。路地から人の良さそうな顔が出てきた。
「今、特産品開発の打ち合わせやっとってね。良かったら一緒に。さっ」
部屋ではまんじゅうの試作品を前に、五人の男が熱心に議論していた。「ぱくっと食うには、大きすぎるか」。「ふむ…」。町の住人は三年前からプロジェクトをつくり、町の活性化に汗している。昨夏、地元の夏祭りに「よさこい」を導入したのもその一環だ。
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石川県七尾市和倉町。能登半島東側のほぼ真ん中。人口約三千の町に二十九軒のホテルと旅館が林立する北陸一番の温泉町だ。が、七年前に年間百六十五万人を数えた湯治客は百二十万人に減少。景気は悪い。
よさこいを町の祭りに提案したのは田尻さんだ。町には和倉音頭に乗せた夏祭り「かいかい祭り」がある。トラックを船の形にした山車を町内会で出したり、少しばかりの盆踊りを踊ったりするのだが、どうも元気がない。ワクワクしない。観光産業従事者とそれ以外の住人との精神的乖離(かいり)。そういう事情もあったという。
「何か血沸き肉躍る祭りはないんか」。イベント見直し部門の責任者としてもんもんとしていたある日、田尻さんはたまたまテレビで「YOSAKOIソーラン」を見る。激しい音楽。はつらつとした踊り。大勢の観衆…。「わっ、これや、これやいね!」。探していた熱気を見た、という。一昨年六月のことだ。
元来、行動的である。以前、講演会で森繁久弥さんを呼んだ時は事務所に四度も五度も足を運び、その度にギャラの安さで断られたが、熱心さに森繁さんがほだされた。よさこいもやると決めたらやる。高知、北海道で調査を行い、昨春からチームづくりを始めた。
最初、周囲には踊りの激しさにためらう向きもあったが、ビデオを見せて粘り強く説得した。ある会合では百人を前に顔にペイントをして踊って見せた。「ほら、こう踊るんね」
熱さが伝わる。「田尻は何しよんね」という声が、次第に「田尻と一緒にやろう」という風に変わっていった。和倉音頭をサンバ調にした曲を持って歩いた。商店会、剣道クラブ、老人会、町内会…次々と十チームができた。
そして八月。高知のインストラクターの指導も受けた約三百人の踊り子が「YOSAKOIかいかい祭り」と銘打った夏祭りに出た。小さな商店街。そこには数カ月前、田尻さんがしたように、顔を赤や青に塗った子供たちがいた。勇ましく大漁旗を振る男たちがいた。鳴子を力いっぱいカチャカチャ鳴らし、周囲に満面の笑みを振りまく女性たちがいた。湯治客は沸いた。
「観客が喜ぶから踊り子も乗って乗って」。商店街のおばあちゃんは「何十年ぶりかに感動した」と言った。
話はさらに広がる。この祭りに刺激された隣町の七尾商高の生徒が、今秋の文化祭で鳴子踊りを踊ることになったのだ。近隣商店街を練り、沈滞する商業を盛り上げようという趣向だ。取材当日、学校では体育の時間に踊りの練習中。最前列で踊っていた野球部のいがぐり頭の二人組は「面白い。練習すればもっとうまく踊れるわ」と息を弾ませた。
「若者も老人も障害者の人もみんなが踊れる。だからよさこいはえいんよ」と田尻さん。この夏は昨年の倍、二十チームが踊る予定だ。将来は半島全体の祭りに、と夢はどんどん広がるばかりなのである。
(社会部取材班)
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