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2000年4月3日(月)<朝刊>
激しい打撃戦 明徳、鳥羽に屈し四強ならず
明徳無念の八強敗退――。選抜高校野球第九日は二日、甲子園球場で準々決勝4試合を行い、県代表の明徳義塾は鳥羽(京都)に5−12で敗れ、準決勝進出はならなかった。準決勝は国学院栃木(栃木)−智弁和歌山(和歌山)、東海大相模(神奈川)−鳥羽(京都)の顔合わせとなった。
明徳は鳥羽の13安打の猛攻の前に5−12と競り負けた。投手陣が崩れ、守りも乱れたのが痛かった。鳥羽は選抜大会では初の四強入りを果たした。
第十日の三日は同球場で午前十一時から準決勝を行う。
【写真】<明徳義塾−鳥羽>5回表明徳先頭清水が右越え本塁打を放ち5−7と追い上げる(甲子園)
鳥羽 12−5 明徳義塾
| 明徳義塾 |
202 010 000 | 5 |
| 鳥 羽 |
204 100 50× | 12 |
【戦評】強力打線同士の打ち合いだったが、鳥羽の打線が13安打。予想以上に快音を発し、明徳は打ち負けた。
明徳の出だしは良かった。初回は田山の右中間三塁打を足掛かりにした一死一、三塁で松浦が内野ゴロ。ヒットエンドランをかけて併殺を防いでいたのが奏功し、1点を先制。さらに木下の左前打で清水も生還。2−2に追いつかれた三回にも、田山が再び右中間三塁打。清水の犠飛で3点目。松浦、木下の長短打でもう1点。絵にかいたような点の取り方で、流れを再びたぐり寄せたかに見えた。
だが、鳥羽の打線はすさまじかった。初回は四球と長短打で2点。三回にも4長短打と四球で同点とされ、なおも二死満塁。ここで七番が投手左にドラッグバント。慌てた三塁手が暴投(記録は安打と失策)し二者生還。4−6と逆転された。
明徳は五回から、投手を右腕三木田から左腕増田にスイッチ。目先を変えることで乗り切りを図ったが、七回に増田もつかまる。一死から内野失策を発端に、3長短打と2四球で5失点。2回戦の四日市工戦のような好火消しを期待したが、予想もしない7点の大差をつけられ、四強入りはならなかった。(掛水)
内野の不安、現実に 敗れたが存分の活躍
「5点取ったら勝たんといかんのですがねえ。準々決勝で5点取って負ける野球じゃいかんのよ」。報道陣に囲まれて、馬渕監督は試合を自ちょう気味に総括した。
前日の四日市工戦は、初回一死三塁で無得点。ところがこの日は同じ場面から2得点。同点に追いつかれてもすぐに三回、2点を奪って突き放す。完全な勝ちパターン。だが、好事魔多しとでもいうのか、三回裏二死満塁から内野守備の破たん。逆に2点のリードを許した。
1回戦で上宮太子に勝った時、「こんなエラーが出ては、上に行っては勝てない」と馬渕監督が言っていた不安が現実に。七回、5点の大量失点につながったきっかけも、慣れないサード守備についていた三木田の一塁悪送球がきっかけ。ダッシュ良く好捕したものの、一塁に低送球。走者を生かしてしまった。
明徳は冬明けから松浦を三塁手として育てていたが、結局甲子園直前で断念。秋からサードで出ていた小川を復帰させた。安心して任せられる三塁手を育てきれてなかったのが、命取りとなった。小川には今回の失敗をバネに努力を重ね、もう一度夏にばん回のチャンスをつかんでほしいと願わずにいられない。
対戦相手ながら、鳥羽の打線は素晴らしかった。馬渕監督の目には、先発三木田の調子は悪くない、と映っていた。それを真しんでとらえ、打ち砕いた。
「相手選手の平均身長はいくらなんですか」。ぶ然とした表情で馬渕監督が記者団に質問するほど、がっしりした体格と鋭いスイング。捕手木下も、「四日市工は変化球についてこれないこともあったが、鳥羽はそれを全部振り切ってきた。上には上がいる」と、脱帽するほどだった。
負けはしたが、上宮太子、四日市工の優勝候補を連破したのは大きな収穫。「馬渕明徳」として初のセンバツ四強入りは逃したが、期待以上の活躍だったと言える。
【写真】3回裏、鳥羽の集中打を浴びマウンドで汗をぬぐう明徳義塾先発三木田(甲子園)
田山、満身創痍で大活躍
勝っていれば、田山が間違いなくヒーローだった。
一回、三回と連続三塁打で、いずれも得点に結びつく。第3打席は右翼フェンス近くまで届く大飛球。春野球場なら間違いなく本塁打だった。第4打席は技ありの左前打。九回の最終打席は意地の左中間二塁打で5打数4安打。3試合通算でも15打数9安打で3三塁打、1二塁打。身長168センチの小柄ながら、主将にふさわしい成績。守備も無失策で、チームを引っ張った。
実は満身創痍(まんしんそうい)状態。持病の腰痛に加え、右足首と右ひざのじん帯が伸びた状態。さらに2回戦直前のティー打撃で跳ね返った打球が左肩を直撃。しかもその直後の試合中に、今度はベンチ内のヘルメット掛けで左肩を強打。この日の試合直前に、整骨院で治療を受けて試合に臨んだ。
「試合になったら、プレーに夢中で痛さを忘れていました」。二年生の春から甲子園のベンチに入ったが、プレーは初めて。「とりあえず1本ヒットを打つのが夢だったのが、ここまでやれるとは」
上宮太子の主将と中学時代の同僚だったことから、抽選日以来注目を浴び、個人的には充実の甲子園だった。
「よくやった」「次は夏だ」応援団も温かい拍手
またもベスト4の壁――第七十二回選抜高校野球選手権大会に出場した郷土代表の明徳義塾は二日、準々決勝で京都代表の鳥羽と対戦。初回に先制、同点後、三回に突き放す展開も、相手の猛攻に5対12で逆転負けした。しかし、選手の懸命のプレーにスタンドからも必死の声援が飛び、終了後あいさつに来た選手を「よくやった」「胸を張れ、ベスト8や」とねぎらった。
この日、明徳義塾近畿ブロック後援会が用意した入場券は二千枚。一般のファンも詰めかけて、すぐになくなった。薄暮にかかったアルプススタンドは、約三千人で埋まった。
先行しても追いつかれ、さらに逆転される嫌な展開。しかし、五回表に清水信任選手が2点差に迫るホームランを放つと、「さあこれから」と歓声が爆発した。
両親の優さん(51)、由美さん(46)=広島県音戸町=は「一回戦の後で宿を訪ねた時、いつも通りに『元気だよ』と言ってました。最後まで気を抜かずに頑張ってほしい」と喜ぶ。
応援団副団長を務める二年生部員、堺文成君の母、悠子さん(41)=大阪府羽曳野市=も「絶対負けるわけない」と、息子以上の大声で応援。
しかし七回裏、鳥羽の集中打を浴びて大量7点差に。九回の攻撃では代打陣に出番。二番手の河口始選手が四球を選び、母の厚子さん(41)=東大阪市=も「やっと来た出番で、よく後につなげた」。
しかし、無得点で試合終了のサイレン。「次は夏」。アルプス席からは、選手に温かい拍手が送られた。
【写真】鳥羽を一時は突き放した3回表の攻撃に沸く明徳アルプス席だったが…(甲子園球場)
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