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2001年3月26日(月)<朝刊>
雨の中センバツ開幕 高知高、感激の行進
二十一世紀最初の甲子園大会、第七十三回選抜高校野球大会は二十五日、兵庫県西宮市の甲子園球場で開幕した。
あいにくの雨。肌寒さを感じる甲子園は、日曜日の開会式ながら、観衆は二万三千人と少なめ。内野席は屋根の下にファンが集まり、アルプス席は傘の花でカラフルになった。
午前九時すぎ、前回優勝の東海大相模(神奈川)と準優勝の智弁和歌山(和歌山)に続き、新設の「21世紀枠」2校を含む全34校が、サザンオールスターズの「TSUNAMI」と「ビートルズ・メドレー」の行進曲にあわせて入場。南の宜野座(沖縄)から北の順に進んだ。
六年ぶり十三度目の高知ナインは、六番目の入場。四国の出場3校のトップを切り、「二十一世紀に一層の飛躍を」と、堂々と腕を振り行進した。
選手を代表して南部(和歌山)の井戸紀彰主将は、一言ずつゆっくりはっきりと「明るく楽しく元気よく、前向きでフェアにプレーすることを誓います」と宣誓した。
開会式の後、「21世紀枠」の安積(福島)の試合など三試合が行われ、十一日間の大会が始まった。
【写真】夢が実現―。あこがれの甲子園の土を踏みしめて、元気に行進する高知高ナイン(甲子園球場)
夢の舞台楽しむ
春とはいえ肌寒い雨の中、高知ナインは緊張気味に入場。一塁側ベンチ前に来てアナウンスされると、さらに大きく腕を振って行進した。
副主将の橋本は「あの観客の中で試合ができるんです。甲子園に来たのを実感しました」。中平は「高知が紹介された時、拍手が一層大きい気がしたんです。うれしかった」と、ナインは一様に感激の表情。
病気のため、練習を休んでいた土居。開会式は三列目に並び、元気に行進した。「開会式のリハーサルも出てなくて、本当に初めての甲子園。土を踏んだ瞬間、背中がゾクッとしました」と、夢のグラウンドを楽しんだ。
充実練習3時間半 実戦感覚磨く
開会式を終えた高知ナインは二十五日、宿舎の「旅館志ぐれ」に近い西宮市の大阪ガス今津総合グラウンドで練習した。3時間半余りかけ、たっぷり汗を流した。
「ラッキーでした。(初戦を目前に)きょうの練習は大きい」と中村監督。この日は朝から雨で、割り当て練習場のグラウンドは使えず、付属の室内練習場もないと連絡を受けていた。
割り当て練習だけでは、一日2時間の日もあり、練習は不足気味。時間を無駄にしたくはない。午前十一時になって、つてを頼り大阪ガスの室内練習場をキープ。「取れなかったら遠いですが、母校の立命館大まで行くつもりでした」と笑う中村監督。
ちょうど、社会人野球経験のOBが陣中見舞いに訪れ、大阪ガスのコーチとは顔見知りで、話はとんとん拍子。小降りになったこともあり、両翼95メートルの本格球場が借りられた。
ストレッチの後、ノックに約1時間をかけた。選手は前日と打って変わり、動きが軽く声も出た。本番が迫り、投手陣は球数を落として70−80球。甲藤はストレートがやや高かったものの、カーブの球筋をチェックして、「感じがつかめだしたようだ」と中村監督。福山は岡山学芸館の各打者を想定して、コースを意識しながら投げ込んだ。
シート打撃にはたっぷり2時間近く取り、実戦感覚を磨いた。相手先発は「左でしょう」(中村監督)と池崎を想定する。池崎は直球が球速125キロまで、カーブは100キロ余りと分析済み。第1ストライクを逃さず、積極的な打撃を指示した。室内練習場ではマシンを左の緩いカーブに設定。レギュラー陣が打ち込みを続けて、大会第三日の初戦に備えた。
【写真】内野の連係プレーも息が合ってきた。併殺を狙ってトス(西宮市の大阪ガス今津総合グラウンド)
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