2005年8月11日(木)<朝刊>
上等やったぞ高知ナイン 応援席3000人が温かい拍手
「あー、終わった」のため息とともに静まりかえるスタンド。一瞬の後、あちこちから声が飛んだ。「ようやった。上等の戦いやったぞ」。夏の甲子園に急きょ代替出場した高知高が、10日の初戦で散った。慌ただしい調整、マスコミの注目、そして相手は優勝候補…。ハンディを吹き飛ばして健闘するナインに、熱のこもった拍手が送られた。
ナインにとって、降ってわいた甲子園。選手を支えようと、アルプス席には3000人を超える観客が集まった。
夏は24年ぶりの出場。当時、一塁手だった竹村真一さん(42)=東京都大田区=は、「結果を考えずベストを尽くしてほしい」と後輩の戦いを見守った。
試合前、選手らがあいさつに並ぶと、「頑張れー!」とメガホンや鳴子が打ち鳴らされた。選手らも応援団に応え、「よっしゃ、いくぞ!」と笑顔を見せる。
スタンドが沸いたのは五回。3連続安打などで2点を奪い、拍手と歓喜の渦。適時打を放った二神一人投手の父、正喜さん(49)=幡多郡大月町小才角=は、「点を取って追い上げムード。しっかり投げないと」。
しかし…。六、七、八回とあと1本が出ない。スタンドは「あきらめるなー、頑張れよー」の大声援。1球ごとに拍手、声援がおきる。炎天に負けないくらい熱く熱く応援を繰り広げたが、最終打者のバットが空を切って、敗戦。
天を仰ぐ人、感極まってハンカチを目に当てる人…。半面、それぞれの胸に「甲子園で応援できただけでもよかった」という満足感も。
「楽しませてくれてありがとう」。力の限りを尽くしたナインに、温かい拍手が送られていた。
【写真説明】「よう頑張った」「夏を楽しませてもろうた」。熱戦を展開した選手に惜しみない拍手を送る大応援団(甲子園)
他県からも応援の輪へ 宝物くれた「突然の夏」
甲子園出場校のどこよりも入場行進に大きな声援が送られた高知高。その流れは試合当日の10日も消えなかった。アルプススタンドには3000人を超す大応援団。手をたたき、声をからしたのは同校、本県の関係者だけではない。応援の輪は大きく広がった。
24年ぶりの夏。代替出場。保護者やOBが燃えないわけがない。過去の出場時には7台程度のバスに応援団が収まっていたが、今回は3倍の21台にまで膨れ上がった。3年生の保護者は、「開会式を見て感動した。全国が注目しているので来ました」。
「高知、頑張れ、負けるなよ」。10日正午すぎ、同校選手が球場入りする際、他県の応援団から声が掛かった。あまり見られない光景だ。「高知高を応援したい」という思いは甲子園の内外にあった。
同校出身で、神戸市で小学校の教員をしている野見山純子さん(53)は「出場が急に決まったから、応援もきっと大変だろうと思って来ました」。池田市から友達と2人で応援に来た女子大生(21)は本県とは縁もゆかりもないが、「テレビで高知高のことを見て、めっちゃ頑張ってほしいと思って球場まで来た」と、鳴子を手に声を出し続けた。
大阪市西淀川区から来た54歳の男性は「こんな形での出場なんで友情応援も多いんちゃう? 頑張ってほしいなあ」。そんな思いの一つ一つがチャンスに、ピンチに地響きのようになってグラウンドの選手を支えた。
熱き視線は、球場内に限らない。同校には全国からメールや電話も寄せられており、中には「赤字覚悟と聞いたので寄付したい。口座番号を教えて」という連絡も。
山本幸征選手は「この1週間はすごく早かった。その間にOBの人がバッティング投手をしてくれたり、いろんな人がいろんなところで僕たちのために動いてくれたことが、すごくうれしかった」と話す。
高知高の「突然の夏」は終わった。しかし、今まで以上に大きな宝物が選手にも応援団にも残った。