2005年8月7日(日)<朝刊>
初練習に無情の雷雨 わずか40分で打ち切り
夏の甲子園に代替出場した高知高は開会式を終えた6日午後、やっと本格練習に入った。ところが、意気込む気持ちを冷やすかのように遠雷と稲光が…。安全を考え、結局わずか40分で練習を終えざるを得なかった。初戦まであと3日―。
県予選終了後、後輩の練習を手伝ったりして体を動かしていた選手も多いものの、試合日から逆算して運動や食事、メンタル面まで調整して臨むのが甲子園。同校の場合、そこまで考える余裕は到底ない。出場決定直後、多くの選手がそこに不安を持っていた。
出場決定後も準備や移動で野球どころではない状態が続いた。6日午後になってようやく尼崎市の尼崎東高グラウンドで練習できることになった。県予選の決勝以降、初めての本格練習。「さあ、再出発」となるはずだったが…。
練習が始まって40分すると、遠雷がとどろき始め、稲光が幾筋も。雨がポツリポツリ落ちてきたところで、岡本道雄部長が「何かあったら大ごとや」と練習を中断し、選手は建物内に避難した。同校の割り当て時間いっぱい雨と雷は続き、結局、練習らしい練習はできないまま。
「練習したかった」と選手たちは空を見上げた。「ただでさえ時間がないのに…」。苦悩の表情を浮かべる関係者。集まった報道陣からも「かわいそう」と同情の声が漏れる。
だが、島田達二監督は「ここまできたら(練習できなくて)痛いとか痛くないとかないですよ。キャッチボールができただけでもよかったと考えます」と前向き。
選手たちも「ボールの感覚などが鈍くなっていたので、もっと練習はしたかったけど、焦りはないです。自分のペースでいきます」と頼もしいコメントを残した。
【写真説明】雷から避難し待機する高知高の選手たち(尼崎市の尼崎東高校)
グッズも急きょ店頭に
出場校が急きょ変更になったことで甲子園の土産物店が大混乱。大会開幕の6日朝、店頭にはほとんど高知高グッズはなし。ある土産物店はあきれた様子で「間に合うわけないわな」と一言。ペナント、ボールなど明徳義塾高の名が入った学校単独商品は「大急ぎで撤去した」が、参加全校の校名が記された大会記念タオルなどはそうもいかず、おわび文を挟んで販売する店も。
そんな中、日本地図に出場校名を記したTシャツだけに、この日朝から「高知」の文字があった。大阪市にある製作会社の社長、中本俊夫さん(39)は「『辞退』を聞いてすぐインターネットで準優勝校を調べて賭けに出ましたわ。今の段階で商品出てるのうちだけでしょ」とにんまり。それでも店々への納品はぎりぎりの5日夜。
「(他社は)今ごろ必死になってるんとちゃいます? うち? ゆっくりしてますわ」と高笑いの中本さん。「高知高に売り込みにいきたいですわ」と絶好調。もっとも6日昼ごろには、ぼつぼつ他の高知高グッズも店に並び始めていた。
【写真説明】急きょお目見え。「高知」の校名がプリントされたTシャツ