2005年8月5日(金)<夕刊>
高知高準備に大わらわ 明徳に代わり急きょ甲子園
明徳義塾高の出場辞退を受け、急きょ夏の甲子園大会に出場することになった高知高(高知市北端町、高地弘泰校長)では、突然の出場決定から一夜明けた5日も早朝から大わらわ。教職員らは後援会の立ち上げや奉加帳の発送、応援団の編成など、選手をサポートするためのさまざまな作業に追われた。
同校は同日午前10時から臨時職員会議を招集。教職員約60人を前に高地校長が経過を説明し、応援態勢や生徒の引率などへの協力を要請した。
準備は何とか進んでおり、昨夜のうちに約4000人分の奉加帳を校内で印刷。5日朝から高知高だけでなく学園本部や短大などの事務職員がほぼ総出となって野球部OB会や保護者会、PTA、校友会など関係団体への奉加帳発送に追われた。
池沢竹志・高知学園本部次長は「ご迷惑を掛けるところも出てくるかもしれないが、職員同士、精いっぱい頑張ろうと言い合っています」。奉加帳発送とは順序が逆の形で「甲子園出場後援会」の発足式を5日午後6時半から校内で行う。
応援団の編成にも着手し、4日から吾川郡いの町で夏合宿に入っていた同校吹奏楽部に協力を要請。9日に中高野球部の控え選手や一般生徒らと合同応援練習をして、初戦が行われる翌10日朝、甲子園に出発する。
甲子園での応援に参加する一般生徒の募集についても、同日中に各家庭に文書を郵送。現段階では応援バスは7、8台を予定しているが、「一般生徒がどれくらい行くのか、把握できるのは8日になりそう」という。
準備の指揮を執る小笠原健一教頭は「多くの県民から激励をいただいており、十分とはいかなくても学園を挙げてできる限りのことをしたい」と話していた。
【写真説明】朝から準備に追われる教職員(高知高事務室)
ナインは西宮へ
出発を目前に控えた選手たちは、普段の遠征に行くような雰囲気を漂わせ、表向きは平静を取り戻していた。10日間で伸びた髪も寮で互いに切り合って、身も心も元の高校球児に“復帰”。
中谷啓二主将は「まったく動いてないに近かったから、正直やばかった」と苦笑いしながら、「だんだん実感がわいてきた」とすっかり気持ちを切り替えた様子。
この日午前はバスに荷物を積み込んだ後、キャッチボールやランニングで30分ほど軽く体を動かした。午後は寮の食堂で昼食をとり、兵庫県西宮市内の宿舎に向かうバスに乗り込んだ。