2005年8月5日(金)<朝刊>
代替出場の高知高に笑顔なし 「とにかく準備を…」
4日午後、甲子園への代替出場が決まった高知市北端町の高知高に笑顔はなかった。四半世紀ぶりの「夏の甲子園」だが、明徳義塾高の選手たちの気持ちを考えると単純に喜べない。しかも練習から遠ざかっていた選手も多く、チームづくりから考え直す必要がある。遠征先から戻った監督の第一声は「初戦はいつ?」だった。
「事の成り行きに驚いており言葉もない」
「野球から遠ざかっている生徒もおり…」
4日午後2時半すぎから校長室で会見した高知高の高地弘泰校長は、言葉を選びながら静かな声で感想を話した。
夏の甲子園は24年ぶり。しかし表情に表れるのは、喜びや感激ではなく戸惑い。
会見では「生徒の準備は?」「大阪への出発はいつ?」「後援会とどう連絡を?」と矢継ぎ早に質問が飛んだ。しかし、そんなことは何も決まっていない。
校長は、「6日の開会式に間に合わせるため、明日(5日)選手を出発させる。準備に手いっぱいで、壮行会はとても無理。後援会への支援依頼もこれから…」と答えるしかなかった。
遠征先の松山市で練習試合中に連絡を受け、急きょ帰ってきた島田達二監督の第一声は、「初戦はいつですか?」。
県大会の決勝からもう11日。3年生はユニホームを脱ぎ、チームは1、2年生で新たに始動している。
試合に向け、あらためて心と肉体を高めなければならないが、開幕はわずか2日後。
ユニホーム姿のまま会見に臨んだ島田監督は、「出場チームは(予選と)同じメンバーになると思うが、どうやってチームづくりをすればよいか…。試合までにとにかく準備を…」。
高地校長にも、島田監督にも、最後まで笑顔はなかった。
部員らは午前中に「明徳辞退」のニュースを知り、部員同士で連絡を取り合いながら学校に集まった。帰省していた生徒も多く、土佐清水市から学校に戻ってきた山本晃史君(18)は「信じられない」と慌てた様子。
午後4時からは、3年生部員26人を集めて伝達式が行われた。
高地校長らが経緯を説明したが、部員らは一様に神妙な表情。
県予選決勝戦を投げ切ったエースの二神一人君(18)は「大学のセレクションに向け、体は動かしていました。初戦(日大三戦)まで6日あるので準備したい。相手の研究はこれから。粘り強く投げたい」と表情を引き締めていた。
【写真説明】「甲子園出場」の伝達を受ける高知高の野球部員(4日午後、高知市の高知高校)