高知新聞
天気追加:
地震情報
花粉予報
中部の天気
東部の天気
西部の天気

高知のニュース
国内・国際ニュース
おすすめトピックス

高知新聞購読申し込み

携帯サイト
iPhone版も登場!
坂本龍馬の部屋

とさあち
いちの土佐
おすすめグルメガイド

ピックアップ
楽しもう英語 English is Fun!!
岩崎四代物語
高知ファイティングドッグス

まんが
きんこん土佐日記web版
単行本7巻発売!
にゅーすけっち

病院・診療所 診療科目ガイド


47CLUB高知繁盛記

ミュージアムマップ
イベント情報

音声ブラウザーご使用の方へ

47clubでお買い物

Google


 
高新写真コンテスト募集
声ひろばなど投稿
記事データのご利用
後援申請の用紙
サイトからのお知らせ


高新住宅総合展示場ライム

土佐いごっそう倶楽部

47news

釣りタイムズ
地球33番地公式サイト

企業情報
高知県内リンク
春満開のために

 ■「僕がやらんかったら誰がやる」 ▼続きはこちらをクリック

もう打たせん 長い“冬”を越えて
寮では相部屋の松下建(左)と鶴川。リラックスできる先輩後輩の間柄だ(野球部の青雲寮)
寮では相部屋の松下建(左)と鶴川。リラックスできる先輩後輩の間柄だ(野球部の青雲寮)
 「センバツは無理―」。明徳のマウンドを守る鶴川、松下建2人の“冬”は、そんな思いから始まった。
 「今まで野球やってきて、一番悔しい試合でした」。エース鶴川は、秋季四国大会の済美戦を振り返る。五回までの7点リードをひっくり返された。投手として、たまらない屈辱の敗戦だった。
 先発した1年松下建は六回、相手に流れを渡すことになった本塁打を喫した。緩いカーブをたたかれたのだが、「何であんな球がいったのか、今でも分からない」。まだ2点リードしていた八回、リリーフに立った鶴川は、あっという間に逆転を許した。
 「練習試合を多くやって、ほとんど勝ってる相手。力をつけているけど、低めに球を集めれば抑えられると思ってました。7点取ってくれた打線に申し訳なかった」。鶴川はエースの務めを果たせなかった自分を責めた。
 準決勝で敗れたその日、鶴川は帰ってきた青雲寮で「きょうはおれのせい。お前はよく投げたのに…、すまんかった」。同室の松下建にわびた。後輩は「自分も力がなかったんです…」。つぶやくように答えた。
 鶴川は全国中学大会優勝投手。松下建も硬球リーグで名前を知られた存在だ。日の当たる場所を歩いてきた。こと野球に関しては、初めてと言ってよい“挫折”だった。
 打ち込まれた投手に言い訳はない。態度で示すしかない。それぞれ“冬”のテーマを見据えた。鶴川は球の切れを取り戻すこと。松下建はスタミナ強化だ。徹底的に鍛えた。ウエートトレーニングの合間には、「腕の振りは―」「変化球は切れてるか―」。互いに確かめ合いながら、気持ちを保っていった。覚悟はしていたが、2人にとって長い冬になった。
 1月30日。センバツ出場校の発表の日だ。出場の一報を聞いて、2人は泣いた。鶴川は「甲子園は自分が一番輝ける場所。また思い切り投げられる」。松下建は号泣。言葉にならなかった。
 「『何で打たれるのかな』って、自分なりに必死でした。でも済美に打たれてみて自分の立場が身に染みた。『僕がやらんかったら誰がやるんや』って…」。背番号1を背負う鶴川の顔から、秋に感じさせたひ弱さが消えていた。松下建も「これからは気を抜くことはない」。一球の怖さを身を持って覚えた。
 馬淵監督も「うん、2人とも良うなっとるよ。後はしっかりと体調をピークに持っていくことかな」。
 オーバースローの本格派鶴川と、サイドから切れの良い球を投げ込む松下建。タイプは違っても、ストレートで三振を取れる投手でいたい気持ちは同じ。そんな思いを持ち続けて、ひと冬越した。
 「甲子園では済美と当たるまで負けないつもりです。次は絶対に抑える」と口をそろえた。大舞台で返さなければならないものがある。済美にも、ナインにも…。2人は“借り”を忘れていない。

平成16年3月7日付朝刊掲載




「明徳義塾高情報」目次に戻る

高知新聞フロントページへ  

サイトマッププライバシーポリシーネット上の著作権新聞購読お問い合わせ