2月初め―。「きっつー。もう、たまらん。この時季、こんな練習初めてっすよ」。全力疾走のベースランニング10周を終えたレギュラー選手が、ぜーぜー息を切らして大の字になっている。横浪半島の山間の強い北風のせいだろう。身を切るような寒さが染みる。吐く息の白さが濃く見えるのは、きつい練習にトライしているからだ。
「でも、ことしは出られないと思ってた。これくらいやらんといかんのかな」
1月30日にセンバツ出場が決まって間もなく、恒例の夜間練習が始まった。例年より20日早い。これまでで最も早い始動だという。
調整方法を大幅に変えた。昨年からのレギュラー選手が多いことから、通常2月の初めに行う基本練習を省き、いきなり実戦形式でスタートしたのだ。○死×塁での攻め方、守り方…、ピンチやチャンスの場面を想定して、犯しかねないミス、課題を徹底的にチェックしている。
馬淵監督はネット裏からマイクでげきを飛ばしている。「いつも微妙なミスで負けとるからな。やれることをやっとかんといかんと思うたのよ。これ? マイクを使うと全体に指示が行き渡る。駄目なプレーはみんなが分からんといかんやろ」。いつも通りの口調だ。
毎年のように全国トップレベルのチームをつくる。しかし、優勝候補に挙げられながら、2、3回戦で姿を消したことも少なくない。ただ、どの試合も力負けはしていない。微妙なミスで試合を落とすことがほとんどだ。
1998年夏、松坂大輔(現西武)を擁した横浜との一戦が頭から離れない。6―0のリードを八、九回でひっくり返された。空前絶後と言ってよい大逆転負け。失策、野選、暴投…、甲子園の異様な雰囲気にのまれ、ミスがミスを呼んだ。連覇の懸かった昨夏の平安戦も、そうだった。盗塁死、けん制死、スクイズ失敗、相手送りバントを野手連係ミスで生かした。勝てる試合を自ら捨てたように見えた。
「印象に残っている負け? んー、いっぱい有り過ぎて分からんわ。でもパワーとパワーのぶつかり合いで負けたことはないと思ってるんよ」
だからこそケース・バイ・ケースで、徹底的に実戦練習を繰り返す。“甲子園での1点の重み”を嫌というほど味わってる馬淵監督ならではだ。
苦い思いは、現チームも味わっている。昨年11月8日の徳島・鳴門球場。秋季四国大会準決勝の済美戦、五回までの7―0をひっくり返された。「『何で負けたんやろう』って、みんな思ってます。『勝った』と思って緩んでしまった…。でも、いい勉強させてもらいました」と主将田辺。
馬淵監督はきっぱり言った。「この子らは甲子園で勝てる力があるからな。勝たせてやらないかんのよ。だからやるんよ」
強かった。しかし、ひ弱さも内包した秋の負けは、今思えばかえって良かったのかもしれない。春センバツでの“満開”を見据え、仕切り直しをする。
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明徳義塾が3年連続12度目のセンバツに臨む。昨秋、「全国屈指」と言われながら、四国ナンバーワンを逃した。準決勝敗退で、甲子園出場も微妙な状況だった。敗戦を糧に、心身共に一回り成長した明徳球児の甲子園に向けた表情を追う。
文・西村大典 写真・岡崎晴光