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2004年3月22日(月)<朝刊>
桐生一主戦・坂田攻略へ 明徳「左」打ち込み
センバツ出場の明徳義塾は21日、西宮市の津門(つと)公園野球場で約2時間の練習を行った。この日のメーンはバッティング。初戦の相手、桐生一の左腕坂田を想定し、「左」マシンを約1時間打ち込んだ。
「守備は仕上がっている」(馬淵監督)の判断もあり、打撃練習にウエートを置いた。13日からの練習試合は6戦6勝ながら、打線のつながりがもうひとつだったこともある。
フリー打撃は3カ所。右の沖田、左の伊賀が打撃投手を務める真ん中に、左の90キロを切るカーブに設定したマシンを置いた。左特有の緩い変化球に対して「ため」をつくる狙いだ。鋭く振り抜くことを意識したナインは梅田、田辺ら主軸のバットを中心に、気持ちの良い当たりを連ねた。
マシンを使ったシート打撃では一転、140キロ超のストレートが相手。スタメン候補を中心に5回りしたが、冬場の打ち込みの成果だろう。球速に押されることもなく、快音を響かせた。ただ、悪いスイングには「そんな振りで、百回打席に入っても百回打てん!」と馬淵監督。いつものげきも飛んだ。
守備はグラウンドの状態が悪かったため、体の動き、切れのチェックだけ。鶴川、松下建の投手陣もノースローだった。
バッティング練習に馬淵監督は「及第点はやれる。あとは試合で練習の力が出せるかどうか」。主将田辺も「速い球をちょっと振り回してしまったけど、体を開かず打てたら右も左も関係ない。いけると思います」。左腕攻略に一定の手応えを感じている様子だった。
【写真】サウスポー対策の打撃練習で汗を流した明徳ナイン(西宮市の津門公園野球場)
済美・上甲監督が旧知の西山激励

津門公園野球場で明徳の前に汗を流した済美の上甲監督が、アップ中の明徳ナインの中に“旧知”の選手を見つけて歩み寄った。
お目当ては二塁西山。西山の父、正志さんはPL学園の元コーチ。清原(巨人)らを育てたほか、旧大和銀行野球部監督を務めたこともある。2人が昔から付き合いがあるということで、西山が小学生のころから、両家は互いの家を訪れる間柄だという。
上甲監督は「市郎、良かったな!」と声を掛けながら西山とがっちり握手。その後、「今は9番(打者)か?」。これに西山は「8番になりました」。上甲監督が「ひとつ上がったか。それも良かった」と切り返すなど、親戚のおじさん感覚。
【写真】済美・上甲監督(左)に激励される西山
早くも火花?
四国のライバル、明徳と済美が割り当て練習で“ニアミス”した。練習前の明徳ナインは、マシンの145キロの速球をはじき返す済美打線をのぞき込み、「相変わらず打つね」。練習を終えた済美ナインも明徳の動きを見て「シャープやな」と、やはりお互い気になる様子。
とりわけ上甲監督は、「今の明徳は、僕が宇和島東で優勝したとき(1988年春)に似ている。あのときも四国3位で出場が微妙だったけど運があった。力もあるし、一番怖い」。帰り際、上甲監督が馬淵監督に「うちも運が欲しいから(明徳の)ボールを2つ欲しい」と頼んだ舌の根も乾かないうちに、選手の方を向き「おーい、帰ってからこのボールをがんがん打つぞ」と笑わせた。
いつもの上甲流に馬淵監督は、ため息交じりで「相変わらず選手をのせるのがうまいんやから」。
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