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2002年8月12日(月)<朝刊>
捕手やってよかった 筧 センバツ以降6本塁打
明徳義塾ナインは11日、県大会の決勝翌日以来となる休養日とし、1回戦の酒田南戦の疲れを取った。ナインは甲子園で柳川―富山商戦を観戦したり、午後は2回戦(大会第8日)の相手の青森山田(青森)の1回戦試合ビデオを見て、投手の球種や配球などを研究していた。
1年だった一昨年秋、高知東に負けた後、馬淵監督に捕手転向を告げられた。エースが捕手という、周囲も驚くコンバート。筧にも大転換が強いられたはず。しかし、筧はそんな重圧を越えた。
「投手も野手もやって生かしてる部分がある。今はキャッチャーしてて良かった」ときりっとした視線を向けた。明徳中時代は投手で3番。高校に上がると全国大会優勝投手の竹内や現エース田辺らと一緒。「彼らを見て納得」とサードのポジションへ。ところが1年の新人戦からエースに復帰。そして捕手への転向と続いた。
肩、足もチームトップ級。打撃でも1年から中軸に入ったが、ライバル森岡がいた。「結果出しているのは向こう。負けたくない。あいつより練習してやろう」とバットを握り続けた。
今春センバツでは甲子園初ホーマー。帰ってからの公式戦も本塁打を固め打ち。センバツ以降、計6本。マークされる森岡に代わり、県大会は4割7分6厘でチーム1位。好きな言葉「限界」に挑戦し続けた結果が、甲子園に向けての打点を稼いだ。
1回戦は3打数無安打2四球。まだ、本領発揮ではないが、練習では快音が響いている。甲子園2本目について聞くと、「たぶん打てない。意識せずやりたい」と流れる汗をふき話した。
【写真】1回戦では守備で好プレーを見せたが、打撃の本領発揮が待たれる明徳4番の捕手筧(三田市の三田学園野球場)
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