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2005年02月18日
投手の“お母さん” 阪神 西口裕治さん(45)
阪神タイガースには24年間、同じ背番号をつけたブルペン捕手がいる。背番号「93」の西口裕治さん(45)は連続在籍年数が最も長い。ずっと投手の球を受け、六甲おろしの響くマウンドに送り出してきた。毎年訪れる安芸でも、すっかり知られた存在で「土佐弁も分かりますよ」。ブルペンに入るときと同じ穏やかな笑みを浮かべた。
西口さんは1978年に阪神に入団した。初めてミットに収めた球は、エモやんこと、江本孟紀投手のボールだったという。「速くて切れがあり、捕れなかった」。
【写真説明】ボールを受けた“息子”が1軍で勝つのも西口さんの楽しみ(安芸球場ブルペン)
まだ、「キャッチングは捕って覚えろ」の時代だった。ブルペン専門の捕手も少なく、若手は昼間の2軍ゲームや練習を終えると、1軍のブルペン捕手を務めたという。
80年オフに自由契約になり、1軍に上がることなく3年間だけの現役に別れを告げた。球団職員のブルペン捕手として残り、背番号が「63」から「93」に変わった。
「壁」と呼ばれる仕事の西口さんが持っている哲学は、ピッチャーがマウンドで投げやすい状態をつくること。つまり、自信を持たせ、投手を気持ちよくさせることだ。
球を受ける瞬間、“テクニック”で大きな音をたて、「球、来てますよ」。時に“力業”も使う。最優秀救援投手に2度輝いた山本和行投手のフォークボールを受けるときは、わざと地面すれすれで捕り、球をこぼしたという。よく落ちているように見せるための作戦である。「きょう、落ちてる?」と山本投手。すかさず西口さんは「落ちてますねえ」と切り返す。これでOKだ。
2002年からファームで「金の卵」やリハビリ組の球を受けている。若手は自分の子どもの年代。捕手を女房役というが、西口さんの場合、お母さん役だろう。
マスク越しに見た投手が1軍に上がり、勝ち星を挙げてくれるのが楽しみという。2軍担当の最初の年に球を受けた本県出身の藤川球児投手は、その年9月のヤクルト戦で1軍初勝利。入団4年目の1勝に、西口さんは「やっと勝ってくれてうれしかったね」。
1軍が安芸に合流し、紅白戦の時期が来る。2軍投手にとって絶好のアピールの場に、西口さんは「キャンプ一番の見せ場だから」と大エール。“息子”がマウンドで存分に暴れることを願いながら、心を込めてボールを受け続ける。
(プロ野球キャンプ取材班)
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