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2005年02月14日
「高知で育ててもらった」 オリックス 加藤英司さん(56)
オリックス2軍監督として、再び“故郷”に帰ってきた加藤英司さん(56)は、ちょっとだけふけこんでいた。
高知球場でキャンプを張った阪急ブレーブス屈指の左の強打者だった。小学生の当方もサインをもらいに自転車で球場に通った。加藤さんに、フェルトペンのふたを取らずサインをねだって「ちゃんとフタを取ってもってきなさい」としかられた。25年以上前の思い出だ。
首位打者2回、打点王3回、阪急が日本一になった1975年にはMVPにも輝いた。79年には本塁打で、あの赤鬼マニエル(当時近鉄)に2本及ばず三冠王を逃した。通算2055安打で347本塁打。“職人”と呼ばれた大打者だ。
【写真説明】選手にトスを上げるオリックスの加藤英司2軍監督(高知球場)
175センチと大きくない体から鋭い打球が左へ右へ。打撃練習の球はライト芝生席のネットを越えて場外に飛び出した。ライト場外の喫茶店の屋根瓦を割って、マネジャーが何度も謝りにいったのは有名な話。「瓦を割ってこんなことを言うと怒られるけどね、あの屋根に当てたからうまくなれたのよ」
宝が眠るファームの指導者には加藤さんのような大打者が意外に多い。家族的な雰囲気の中、そんな“先輩”が指導するのだから選手は幸せというものだろう。
加藤さんはよく動く。こっちでトスバッティングの球出しをしていたかと思えば、遠くの選手を見ながら「休むなー」。別の選手に近づいて手取り足取り。そして、たまらず自分で打ち始める。「こうや」「こうや」「分かったかー」。渋い声が球場に響く。
「現役時代の黙々と一人で練習する“職人”ぶりを見ているから、人に教えるのはどうかなって思ったこともある。でも全然イメージが違った。熱意がある」。加藤さんを知る関係者の弁だ。
「バッティングが好きなんやろうね。今の子は打ち方で悩まないかん時期に金属バットだからね。だから教えんと」
昨年の合併騒動などで嫌気がさしたファンも少なくない。サイン会なんかもどんどんやってプロ側からアピールしていきたいという。
「自分はね。高知で、この球場に育ててもらった。だから、ここで選手に育ってほしいのよ」
(プロ野球キャンプ取材班)
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