|
「チームワークはいいが、個性も強いと思います」と選手たち。現在の部員は二年生が二十八人、一年生が十六人の計四十四人。このうち、併設の中学校から進学した部員は二十人。
九九年春に中村敏彦監督が中学から高校の監督に移ったため、通算五年間指導を受けた選手もいる。主将の長田陽介、副主将橋本政佳と土居弘和、森光孝匡らで、中三の時には横浜スタジアムで開かれた全日本少年大会に出場。準々決勝まで進んだが七回0−0、設定試合で惜敗した。
その高知中チームを基礎に、さらに高校からのメンバーが加わったのが現チーム。甲藤啓介は鏡野中時代に四国ナンバーワン、全国中学大会の1回戦で無安打投球をしたが、味方失策の1点で敗れた。川村孝夫は宿毛中で主将。県中学選手権で優勝し、優勝旗を持ちダイヤモンドを一周した。宿毛東中出の宮尾真太郎と川村は少年野球で、全国ベスト16になったこともある。
変わり種は福山雄。少年野球経験はあるが、地元の足摺岬中に野球部がなくソフトボールに所属。体格の良さとソフトボールの遠投で90メートルを投げる強肩をかわれ入部。昨秋の四国大会でエースナンバーを着けた。浜口亮介や光富大祐も同じ土佐清水市の出身。大迫慎也はOB土居龍太郎(法大)にあこがれ、高知高で野球をしたいと大阪から来た。福本直も大阪の中学出身だが、両親の母校へ来た。
意識し合う2投手
二枚エースの甲藤と福山は、昨夏から寮「登龍館」で同室。舎監でもある浜口佳久コーチは「タイプの違う二人なので、いろいろ吸収し合えば、と一緒にしました」。福山の成長は、甲藤の存在があったからと見る。
福山は入部以来、マウンドに立つ甲藤を見てきた。「自分では甲藤と差はないと思ったけど、一年の時は使ってもらえなかった」。普段は仲のいい二人。しかし、秋の県大会、天王山の室戸戦。勝てば県代表権が得られる試合で、背番号10の福山が完投した。大事な一戦で投げられず、試合後、甲藤はベンチ前で悔し涙を隠さなかった。
そんな競争の中で、ことし一月、練習中にスライディングで福山が左足首を骨折した。「甲藤にドジと言われました」と福山。明るく振る舞う福山を見て、甲藤は野球の話題を避けた。焦りを抑え一人リハビリメニューに取り組む福山。甲藤は「もともとこの冬は鍛えようと思っていた」と黙々と練習に励んだ。不安を持ちながらも福山が戻ったブルペンで、二人は今、意識し合いながら投げ込む。
1年から主軸打つ
クリーンアップは川村、土居、甲藤。土居の心には監督の言葉が残る。「高知高で一年生の時から主軸を打つのは杉村繁(ヤクルト打撃走塁コーチ)以来。杉村は結果を残したが、おまえは四番の役目を果たしたか」。一年の夏は明徳との決勝で4三振、二年夏は土佐に2三振と併殺を食らった。「二年連続、先輩に申し訳なかった。四番は打ってなんぼ、勝てる野球をしないと」。「毎日きっちり」をテーマに、たっぷり打ち込む。内野守備を転々とした土居だが、古巣の捕手の座についた。
一方、捕手から一塁手に移った川村は「キャッチャーをやりたいけど、現時点の実力は土居が上。打撃を生かせと監督に言われました」。ライバル視する土居は一年からスタメン。「いつか抜くぞ」と意欲を燃やす。
「21世紀枠」導入もあり、初出場が10校と多いフレッシュな大会。伝統校と言えども六年ぶり出場の高知ナインにとっては初出場も同然。夢の舞台で、どんなドラマを描くか。鍛錬の成果を発揮するのはもうすぐだ。
=一部敬称略
※次回から戦力編。
【写真】ポジション争いは激しい。ライバルを越えてつかみ取れ。競い合った成果が、甲子園で花咲く(高知高グラウンド)
|