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「ライトの守備でしたが、白球がレフト芝生席に入るのをボーッと見ていました」
九四年夏の県大会、準決勝の高知−宿毛戦。高知のエース島田裕治(四国銀行)は前半で力尽き、外野守備についていた。高知が1点リードしての九回二死一、二塁。宿毛山崎裕也がフルスイングした打球は、左翼手の頭上を越え、サヨナラ弾となって消えた。
既に、シード校の高知商、土佐が敗れ去り、直前の試合で明徳義塾も敗れていた。
「(甲子園に)行ってくださいと言わんばかり。宿毛は好投手藤村(憲一)がいたけど負ける気はしなかった…。後日、『何で甲子園に出れんかったがな』とよく責められました」
甲子園で勝つ気なら
島田は甲子園出場を目標に置いたが、甲子園で勝ち上がるつもりの意識で練習をしていれば、負けることはなかったと、今も悔やむ。「続けて出場していれば考え方が違ったでしょうが、しばらく行けてなかったので」と続けた。
このチームは前年秋の県大会で高知商に土壇場で逆転されて準優勝。四国大会は高知商とともにベスト4。センバツには高知商が出場し、補欠校となった。現、中村敏彦監督が中学、高校と育て上げたメンバーが含まれていたが、夏の大会は再び就任した岡本道雄前監督が指揮を執っていた。岡本前監督はこの宿毛戦を、悔いの残る試合に挙げる。
1球に泣いた試合
岡本前監督が近年でもう一つ、心残りなのが九八年夏の県大会、明徳との決勝戦。高知は土居龍太郎(法大)、明徳は寺本四郎(ロッテ)の両エースの力投で引き締まった投手戦となった。高知は中盤まで押し気味にゲームを進めたものの、得点は二回のスクイズの1点だけ。逆に八回二死三塁から同点打を許した。延長十一回、明徳は二死走者なしで五番谷口和弥。ファウルを打たれ、1球タイミングをずらそうと土居が投げた緩い球が、中に入った。谷口の左中間ホーマーでサヨナラ負け。
「八回の勝負、後ろに嫌な打者がいたが、塁を詰めてもかまんぞと言っていれば気分的に楽だったろうに。長いこと(甲子園に)行けんかったので、勝ち急いだかのう」と岡本前監督。土居は八回の同点打の1球は納得できる球と後悔していない。それより、最後の球を「自信のあるスライダーを投げておけば」と残念がる。この年は寺本以外にも高知商の藤川球児(阪神)ら好投手が多かった。土居は「打線は簡単には打てない、1点取って逃げ切る勝負を考えていた」と振り返った。
その前年、秋の県大会準決勝も、明徳に初回ソロ本塁打を打たれたまま、0−1で惜敗していた。「1球に泣きました。後輩は1球の重みを感じ、悔いを残さない試合をしてほしい」と願いを託す。あと一歩で敗れ、夢はかなわなかった。しかし、ライバルには負けたが、感動を呼んだ。試合をビデオで見た大迫慎也ら現ナインが、高知野球の門をたたくことになる。新たな伝統が芽生える、好試合だった。
先輩たちの苦渋を越え、久々につかんだ今春のセンバツ出場。同校野球部OB会の安藤禎彦会長は「甲子園に出ることが成長につながる。自信をつけ、伝統につなげてもらいたい」。伝統校復活の序幕にしてほしいとの、OBたちの期待がこもる。
=敬称略
【写真】先輩たちの悔しさも、甲子園で晴らしてくる。6年ぶりのセンバツ出場に意欲をみなぎらせるナイン(高知高グラウンド)
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