「炊事場で料理をしもって川を見下ろせるがは、この集落でうちだけじゃ」と夫の芳清さん(70)=元同村教育長。 アユが捕れるのはもちろん、四万十川だけではない。県東部の川の方がうまい、という意見もある。だが、四万十川流域は特に保存食も含めた料理の仕方が豊富だ。 土佐伝統食研究会の関田和子さん(75)は「海の魚が手に入りにくい山の貴重なたんぱく源として利用したわけですが、とにかく一度に取れる漁がものすごく多かった表れでしょう」と分析する。 ここでは、9月からが火振り漁の季節。隣近所の数家族総出で当たった。川原で仮眠を取り、夜半を待つ。そして、舟で大人がたいまつを振りはじめると、子供たちは竹ぼうきを持って水際に出動だ。火に驚いて浅瀬に逃げ込むアユをほうきで岸へ上げる。とにかく魚影は濃かった。 【写真】左奥から焼きアユ、アユそうめん、あめ炊き。手前右からアユずし、うるか、リュキュウの背越し、ナスのうるかいため、アユ飯。さまざまな料理法が伝わっている(いずれも十和村昭和、谷本さん方)
「まずは強火で脂を出す。脂が落ちてしまうと、火を弱めて遠火でじっくり。均等に焼けるように時々回し、しわが横に入るように指で軽くしごく。体が膨れたり縦向きのしわが入ると、後で煮た時に、身が崩れる。きれいに作るのは一日仕事。付きっきりの番が子供の役目でした」 【写真左】焼きアユづくり数十年の経験がある好美さん。竹ぐしは亡き父が作ったもので、50年の年季もの。「アユの脂が染みて使いよい」 山からは秋の気配。涼風に乗って、焼きアユの煙は、高く青い空に吸い込まれていく。季節は川の恵みとともに巡っていた。鳥の声や、川音は今も変わらない。 出来上がった焼きアユは横向きの10匹が上下に並ぶ状態でワラで結わえ、いろりの上の横棒に5匹ずつ対になるように引っ掛ける。いろりの煙で薫製が進む。内臓は塩辛にする。これがうるか。切り傷の化膿(かのう)止めにもなる。 同じ保存食でも最高級品とされるのが、アユの塩干しである「鮎きょう」(あゆきょう)だ。古代、土佐から朝廷への献上品だった記録が延喜式に残っている。
「乾燥しきらないうちに、めん棒で延ばして平らにして、缶に入れて目張りして保管しました。よう県外から高い値で、買い取りに来た。『鮎きょうが1匹売れたらカツオが1本買える』と言うたもんです」と、好美さん。 この日は、近くの茅吹手から妹の山本光子さん(59)も援軍に駆けつけ、手早く調理していく。「アユずし」、リュウキュウとあえた「背越し」、「アユそうめん」「あめ炊き(姿煮)」、「ナスのうるかいため」「アユ飯」と、並んださまは壮観だ。 あめ炊きは神祭や正月に欠かせないごちそう。ひたひたの水で4時間ほど煮て一晩置く。そして、しょうゆ、酒、砂糖で味付けしてショウガの薄切りを加えて、水がなくなるまで煮る。 はしをつけると、すっと切れる。塩焼きのような強烈な香りはしないが、こりっとした歯触りで濃密な味。丹精込めた手順と四万十川に流れている時間とが、作り上げたものだ。暮らしが川とともにある限り、川からの贈り物は絶えないだろう。 【写真右】アユずしを手早くつくっていく。酢加減が難しい (協力・土佐伝統食研究会)
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