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 シイラ(夜須町)
左見出し  漁師によると、巻き網を引き上げたとき、「それはもう、きれいな光景」なのだという。

 シイラ。香美郡夜須町の手結漁港でも、本格的な水揚げシーズンに入った。港にずらり並んだ新鮮なシイラを見て、思わず「おーっ」と声を出した。その魚体が瑠璃(るり)色に光っている。

 先ほどの漁師が、まるで自分の子を自慢するように続ける。「泳ぎゆうシイラはもっときれい。宝石みたいでえ…」

 シイラ漁の船は午前3時ごろ、手結漁港を出る。漁場は沖へ2時間ほど進んだところ。あらかじめ仕掛けておいた巻き網を、順々に引き上げていく。この巻き網の準備に手間がかかるという。

 その準備というのが「シイラづけ」だ。山から切り出した長さ10メートル以上の竹を数本まとめて束にし、船に積み込む。漁場まで運び、海にいかだのように浮かべる。

 そうしておくと、影を追う習性があるシイラが竹の束の下に集まってくる。そこを巻き網で一気に引き上げるのだ。

 地元の古い漁師によると、この漁法が手結漁港に導入されたのは昭和一けたの時代。日本海でシイラ漁を見てきた人が始め、広まったという。

 竹の束には、もう一つの“工夫”をくくり付けておく。葉が付いたままのヤマモモの柴である。

 初夏、海でシイラ漁が始まるころ、山ではヤマモモが真っ赤な実を付ける。漁師はその枝を切り取り、「シイラづけ」にくくり付け、海中に沈める。柴の影がさらにシイラをおびき寄せるのだ。

 巻き網にかかったシイラは、瑠璃色の体を躍らせながら、船に上がってくる。漁師は魚のこめかみに手かぎを刺し、すぐさま生き締めにする。

 手結漁港での競りは午後1時から。このころになると、魚体の瑠璃色は薄れ、次第にレモンような鮮やかな黄色が浮かび上がってくるのだった。

 シイラはかつて「猫またぎ」とやゆされた。身に水分が多く、鮮度が落ちやすいことから、「猫もまたいで通る」ような、いまひとつの味だと言われた。

 しかし輸送手段のスピードアップで、それも解決。今や早いところでは競りから2時間後、午後3時ごろには店頭に並んでいる。かつては考えられなかった、シイラの刺し身も売られるようになった。

 別名いろいろ
 シイラは外洋性の回遊魚。全世界の暖かい海に広く分布し、春から夏にかけて、産卵のために日本近海に近寄ってくる。

 手結漁港では、シイラの水揚げが11月ごろまで続く。1匹の重さは3、4キロが一般的だが、時には20キロを超える大物も上がるという。

 雌雄が仲むつまじく群れ合って泳ぎ、産卵量も多いことから、その昔は縁起物として塩乾物が結納の品にされた。ちなみに雌雄の姿は、頭の出っ張って丸い方がオス、と見分けられる。

 さまざまな別名もある。たくさん捕れることから、県内ではクマビキ(九万匹)、トウヒャク(十も百も)とも呼ぶ。

 クマビキという別名は、「熊を引けるほど力がある」との例えから生まれたという説もある。

 その力強い泳ぎが「釣り応えがある」として、ここ数年、スポーツフィッシングの対象魚として人気が出ている。手結沖でも、シイラのルアーフィッシングを楽しむ人が増えている。

初夏からが水揚げシーズン。シイラのこめかみに血が付いているのは、手かぎを刺して生き締めした跡である(手結漁港)
 【写真】初夏からが水揚げシーズン。シイラのこめかみに血が付いているのは、手かぎを刺して生き締めした跡である(手結漁港)

新鮮なシイラの魚体は瑠璃色が美しい。身は透明でコリコリしている(夜須町手結)
【写真】新鮮なシイラの魚体は瑠璃色が美しい。身は透明でコリコリしている(夜須町手結)
 
【写真】ずらりシイラ尽くし。刺し身、一夜干し、すり身汁、腸と卵の煮付け…。輸送手段のスピードアップで、新鮮な味が楽しめるようになっている
ずらりシイラ尽くし。刺し身、一夜干し、すり身汁、腸と卵の煮付け…。輸送手段のスピードアップで、新鮮な味が楽しめるようになっている
刺し身から臓物まで 丸ごと1匹美味
 新鮮なシイラを食べ尽くす――。手結漁協女性部の森岡元恵部長に料理してもらった。

 森岡さんは薄刃包丁一つでシイラをさばいていく。さすが浜の女、その切り目に乱れはない。魚の身が森岡さんの言うことを聞いている感じだ。

 鋭い包丁さばきの一方、浜の女の味付けはこの上なく優しかった。

 シイラの卵の煮付け。薄味でショウガの風味が効いている。そういえば、手結漁港に水揚げされたメスのおなかは、ぷっくりと膨らんでいた。産卵期の今しか作れない一品である。

 シイラの内臓を使った料理には、めったにお目にかかれないだろう。

 腸にはぬめりがあるため、塩でもんでからゆでる。肝と合わせて、しょうゆ味で煮付ける。

 または、ゆでたそのままを千切りにして食す。味がないと思うなかれ、弾力のある食感はくせになりそうだ。ぬたを掛けても美味で、酒の肴(さかな)によろしい。

 かめばかむほど、臓物独特の味わいが広がる。

 森岡さんがにっこりした。「これが魚を丸った1匹買うてきて、料る楽しみよねえ」

 シイラは淡白な味のはずだが、すり身の吸い物をすすると、濃厚なだしが出ていた。「だしは本当にシイラだけ?」。思わず念を押してしまう。

 すり身は塩を加えて混ぜ、粘りを出すのがコツ。地元では、すり身の天ぷらも人気がある。

 圧巻は刺し身であった。新鮮なシイラは身が透き通り、血合いも鮮やかな赤が美しい。

 角がピンと立った刺し身は、口に入れるとコリコリとした歯応え。ぬたを掛けてもいけるが、ここはしょうゆとわさびで新鮮さを味わいたい。

 「猫またぎ」と言うなど、シイラに失礼な話でありました。


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