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12月25日(火)・夕刊

朝青龍が新関脇 大相撲初場所新番付

新番付発表の会見後に、贈られたクリスマスケーキをほおばる新関脇・朝青龍(25日午前、東京都墨田区の若松部屋)  日本相撲協会は二十五日、大相撲初場所(1月13日初日・両国国技館)の番付を発表し、栃東が新大関、朝青龍が新関脇、旭天鵬が新小結に昇進した。栃東は、玉ノ井部屋からは初めて、東京都出身としては一九九三年秋場所の3代目若ノ花以来の新大関。

 横綱は3場所連続、東が武蔵丸で西が4場所連続休場の濃厚な貴乃花。大関は東が魁皇と千代大海で西が武双山と栃東。千代大海は3度目のかど番。かど番大関がいるのは6場所連続となり、大関が2場所連続負け越しで関脇へ転落することになって以降の最多記録をさらに更新した。

 関脇は東が琴光喜と雅山で西が朝青龍。朝青龍はモンゴル出身力士では初の関脇。先場所公傷休場の雅山は10勝以上すれば大関に復帰できる。

 小結は東が2場所ぶりに復帰の若の里で西が旭天鵬。旭天鵬は、大島部屋からは九七年春場所の旭鷲山以来の新三役となった。前頭筆頭は東が旭鷲山で西が安芸乃島。土佐ノ海は東前頭7枚目に下がった。新入幕の九州場所で敢闘賞の武雄山は東前頭8枚目に番付を上げた。

 新入幕はなしで、再入幕は11場所ぶりに復帰の大碇と、朝乃若、十文字、戦闘竜の計4人。新十両は北勝力と潮丸で、須磨ノ富士と琴冠佑が十両に復帰した。増健は十両から西幕下5枚目に落ちた。

 【写真】新番付発表の会見後に、贈られたクリスマスケーキをほおばる新関脇・朝青龍(25日午前、東京都墨田区の若松部屋)

 朝青龍「力の相撲を」

 新関脇の朝青龍は東京都墨田区の若松部屋で新しい番付を見て「字が一回り大きい。(番付発表が)楽しみできのうは遅くまで眠れなかった」と、細い目をさらに細くして話した。モンゴル人力士の最高位は旭鷲山の小結だったが、新入幕からわずか1年でそれを塗り替えた。まだ21歳の若者は「本当にうれしい」と話し「体重をつけてパワーのある相撲を取りたい」と抱負を語った。

 会見に同席した師匠の若松親方(元大関朝潮)は「地位に満足したら進歩はない。私に並んでほしいし、超えてほしい」と、ハッパを掛けていた。

 朝青龍(あさしょうりゅう=本名ドルゴルスレン・ダグワドルジ)モンゴル出身、若松部屋。明徳義塾高を経て99年初場所初土俵。昨年秋場所新十両、ことし初場所新入幕。夏場所新小結。殊勲賞1回、敢闘賞2回受賞。得意は突き、押し。185センチ、130キロ。21歳。


12月2日(日)・朝刊

「高砂」継承の若松親方 “自分のやり方変えぬ”

高砂部屋を継承する若松親方。32人の大部屋を率いることになるが、「若松流」を貫く覚悟だ(高知市の城西館)  大相撲の若松親方(元大関朝潮、室戸市佐喜浜町出身、本名・長岡末弘)が来年1月の初場所後に大看板、高砂部屋を継承。春場所には現高砂親方(元小結富士錦)の定年退職を受けて第7代「高砂」に就く。若松部屋を起こして11年、この間に新関脇確実の朝青龍(モンゴル出身、明徳義塾高出)ら4人の関取を生んだ。“ヤング”から“伝統”へ。両部屋の合併で角界一の力士を抱えるが、今後部屋をどう切り盛りするのか。大相撲で強くなる秘けつは何か。高知若松会の納会で帰高していた若松親方に聞いた。

 −高砂部屋を継ぐ。相当の覚悟があったでしょう。

 「高砂は現役時代、お世話になった部屋。自分の本家ですから、支えるのは当たり前です。床山さん、行司さんや親方衆など顔見知りばかり。里帰りするような気持ちですよ。一門をもり立てたい気持ちです」

 −若松部屋での11年、自己評価は?

 「もう少し弟子の数がほしかったですが、関取が4人か…。まあまあ、頑張った方ではないですか」

 −どんな方針で部屋をつくってきましたか。

 「まず、一生懸命の中に何かが生まれるという信念ですね。『果報は寝て待て』じゃ駄目。アクションを起こして前に進む。若松という“風”を吹かせたい思い。そうすれば自然に良い方向に向かう。ずっとそう考えて来ました」

 −高砂になっても、その信念は変わりませんか

 「自分の通ってきた道は高砂からずっと続いていますし、組織もしっかりしてます。が、自分の言うことと、ほかの(部屋付きの)親方と違っていれば弟子が戸惑います。スタッフとコミュニケーションは図りますが、自分のやり方は変えません」

 −力士数で武蔵川を超える32人。最大勢力ですね。

 「勢力とは横綱、大関を複数抱えて初めて言える言葉。三役1人で、あともぽつぽつでは勢力ではありません。でも(合併で)人数が多くなれば、それだけ上を狙える力士が出てくる。楽しみです」

 −ことし初場所は新入幕だった朝青龍が、年末には新関脇の座を射止めるところまで来ました。

 「私の思ったより早かった。目標を高く掲げて、それに近づいて、また強くなりましたね。よくやっている」

 −大相撲の世界で大成するには何が一番必要ですか。

 「ヤル気です。『お金を稼ぎたい』『良い暮らしがしたい』でいい。現実的でも“夢”を持ち、追いかける気持ちが大切です。それをずっと持ち続けることです。うちの門をたたく力士は相撲好きであってほしい。そんな子は強くなるし、強くなるためのサポートで私がいるんです」

 −いまだに、けいこでまわしを締めているそうですね。

 「さすがに(46歳で)胸は出しませんが…。座敷から声を掛けるのではなく、同じ土俵に足をおく。同じ目線に立つ。私の指導の根本です。高砂になっても、ずっと続けていきたいですね」

 【写真】高砂部屋を継承する若松親方。32人の大部屋を率いることになるが、「若松流」を貫く覚悟だ(高知市の城西館)


12月1日(土)・朝刊

「新関脇」「大看板」祝う 若松親方囲む夕べ 高知市

「若松親方を囲む夕べ」で、あいさつをする若松親方(左端)と部屋の4力士。左から朝青龍、朝乃若、朝赤龍、朝ノ土佐(高知市の城西館)  大相撲の若松親方(元大関朝潮、室戸市出身)と、小結朝青龍(モンゴル出身、明徳義塾高出)ら部屋力士を励ます「若松親方を囲む夕べ」が30日、高知市内のホテルで開かれた。朝青龍は先の九州場所の活躍で新関脇が確実、また、若松親方も来春には大看板の高砂部屋継承と二重の喜び。400人以上の関係者やファンが詰めかけ、会場はお祝いムード一色に包まれた。

 高知後援会の「高知若松会」(三谷一美会長)主催で今年で6回目。朝青龍に加え十両筆頭で勝ち越し、幕内返り咲きを果たす朝乃若。明徳高OBの朝赤龍(モンゴル出身)朝ノ土佐(土佐市出身)の両力士も参加。

 もちろん人気は朝青龍。新入幕に沸いてから1年、今度は新関脇での“里帰り”に、ひときわ大きな拍手を受けた。あいさつに立った三谷会長も「大関を十分狙える力を付けた」と評価。若松親方には「高砂継承で協会理事長を狙える基盤はできた。若松会から高砂会に衣替えしても応援を」とエール。また、同会名誉会長の橋本大二郎知事も「大関昇進の使者でなく、迎える側の親方になってほしい」と激励した。

 これを受けて若松親方は「(高砂継承で)何ができるか分からないが、すべて前向きに考えて前進する」とあいさつ。3人の明徳高出身力士を前に「今後も強い高知県の選手をあずかって部屋を強くしていきたい。よろしくお願いします」と話し、喝さいを浴びた。

 【写真】「若松親方を囲む夕べ」で、あいさつをする若松親方(左端)と部屋の4力士。左から朝青龍、朝乃若、朝赤龍、朝ノ土佐(高知市の城西館)


11月30日(金)・朝刊

本物のお相撲さんだ!! 朝青龍らと養護学校生交流

子どもたちは次々と力士の大きな体に挑んだ(春野運動公園相撲場)  本物のお相撲さんに会えたよ――。日高養護学校(高岡郡日高村)の児童生徒ら約三十人が二十九日、県の「こどもの夢・人・出会い事業」の一環で、朝青龍関ら若松部屋の力士と対面。吾川郡春野町の春野運動公園相撲場で小さな体と大きな体をぶつけ合った。

 体育の授業で相撲を学んだ同校小学部の児童が、大相撲の力士に会いたいと、県が募集した同事業に応募。これが本年度の事業に選ばれ、本県の同部屋後援会「高知若松会」(三谷一美会長)が協力。若松親方をはじめ朝青龍、朝乃若、朝赤龍、朝ノ土佐の五人が来高した。

 交流では同校小学部六年の大池航平君が「おなかに触ったり、腕にぶら下がったりしてみたいです。よろしくお願いします」とあいさつ。若松親方が「相撲というスポーツを通して大人になる勉強をし、楽しい時間にしましょう」とこたえ、力士を土俵に上げた。

 子どもたちは歯を食いしばりながら、朝青龍らに次々に挑戦。中には怖くなって自分から土俵を下りる子もおり、力士からも笑みがこぼれた。

 この後、子どもたちは力士に質問をしたり、一緒にしこを踏んだり、プレゼントを交換。最後は笑顔で記念写真に納まった。

 【写真】子どもたちは次々と力士の大きな体に挑んだ(春野運動公園相撲場)


11月13日(火)・朝刊

若松親方が高砂部屋継承

 大相撲の若松親方(元大関朝潮)が、高砂部屋を継承することが12日までに決まった。13日に正式発表される。

 高砂親方(元小結富士錦)が来年3月で定年退職するため、高砂一門内で調整を進めていた。15力士が所属する若松部屋と、18力士がいる高砂部屋が合併することで、武蔵川部屋の30力士を上回る角界最大の部屋となる。高砂部屋は、横綱前田山、朝潮らを輩出した名門で、現在は幕内の闘牙らが所属している。


10月23日(火)・朝刊

宿毛高・梶原大樹が時津風入り 来年初場所デビュー

入門発表で時津風親方(右)からがっちりと握手され、決意を新たにする梶原大樹(宿毛高)  宿毛高3年の梶原大樹(18)=170センチ、120キロ=が大相撲時津風部屋に入門することが決まり22日、宿毛市与市明の同校で発表された。

 梶原は宿毛市小深浦出身。片島中時代に都道府県中学選手権で優勝。高校時代は宿毛高のエースとして活躍。また、先ごろの宮城国体では県少年選抜チームの1人として優勝に貢献した。左四つ、下手からの攻めを得意としている。

 中学時代から角界入りを目指していたという梶原は、父親の一臣さんの知人が同部屋の後援会長をしていた縁もあり、入門を希望。梶原自身も今冬に部屋見学に行っており、部屋入りが決まった。

 この日は時津風親方(元大関豊山)が同校を訪問し、両親らを交えて歓談した。親方は「梶原君は強い相撲を取る印象がある。熱心にわが部屋を希望してくれたことはうれしいし、こちらも純粋に力を入れて指導したい」と激励。梶原も「うれしさと不安があるが、左を差して自分から先に攻める自分の相撲に磨きをかけたい。一生懸命にけいこして関取を目指す」と抱負を語った。

 目標とする力士については同部屋の幕内力士、時津海を挙げ「体は大きくないが力強いところが好き。ああいう力士になりたい」と力を込めた。

 同校の森下文夫・相撲部監督は「あせらずゆっくり体づくりからやってほしい。けいこを人一倍してけがをしないように」と期待を話していた。梶原は来年1月の初場所の前相撲でデビューする。

 【写真】入門発表で時津風親方(右)からがっちりと握手され、決意を新たにする梶原大樹(宿毛高)


10月20日(土)・朝刊

佐渡ケ嶽入りの菊次(明徳高) 初場所デビューへ

佐渡ケ嶽親方と固い握手をかわす菊次一弘。高校7冠を引っさげ、初場所デビューを目指す(明徳義塾高)  大相撲佐渡ケ嶽部屋に入門することが決まった明徳義塾高3年の菊次一弘=福岡県柳川市出身=が19日、同校で佐渡ケ嶽親方(元横綱琴桜)とともに記者会見を行い、「目標は琴光喜関、対戦してみたいのは朝青龍関」と意欲いっぱいの抱負を語った。

 菊次は高校時代に7個の個人タイトルを獲得した高校実力ナンバーワン選手とあって、親方も入門会見のために、東京から日帰りの強行日程で来高する熱の入れよう。「高校7冠は大変なこと。朝青龍関らの(明徳高の)先輩に負けない精神を持っている。素直な精神はプロ向き。体のバランスも良く、今の力をプロで磨けば、もっともっと強くなる」と大きな期待を込めたコメント。

 さらに、先場所優勝の琴光喜や琴ノ若、琴龍ら部屋の関取の名前を挙げ、「いい先輩もいるし、けいこ相手にも恵まれてる。けがをさせないよう育てていきたい。3年くらいで十両以上はいけるでしょう」と成長に太鼓判を押した。

 菊次はやや緊張した面もちながら、「自分の力がどこまで通用するか試したい。わくわくする」と胸の内を語り、「苦しいのはわかっている。苦しい中を上に上がっていきたい。ここ一番に強い力強い相撲を取って、中高生の見本になるような関取になりたい」ときっぱり。

 目標とする琴光喜について、「大きい相手にどんな相撲をとるか間近で勉強したい」。対戦したい力士は先輩の朝青龍で、中学3年の時に同じ土俵でけいこを重ねており、「ドルジさん(=朝青龍)に早く追いつきたい」と早くも意気込みを燃やす。

 中学、高校時代を振り返って「ライバルに恵まれた。みんなが僕を強くしてくれた」と同僚の石黒、寺田や宿毛高の梶原らの名を挙げた。「高知で勝つのが大変でした。早く関取になって、成長した姿を見せに高知に帰ってきたい」と感慨深げに話した。

 同校からの大相撲入りは8人目。吉田圭一校長は「心技体のバランスのとれた力士になってほしい」とエール。浜村敏之監督は「中学に入ってきた時は、ここまでタイトルを取るとは想像できなかった。本当に素直な姿勢で練習に取り組み、みるみる強くなった。プロの中では体が大きくないのでスピードを磨いてほしい」とまな弟子に門出の言葉を贈った。

 菊次は12月末から同部屋のけいこに参加し、新弟子検査を経て、来年1月13日からの初場所(両国国技館)の前相撲でデビューする予定。

 【写真】佐渡ケ嶽親方と固い握手をかわす菊次一弘。高校7冠を引っさげ、初場所デビューを目指す(明徳義塾高)


9月20日(木)・朝刊

朝赤龍 自己最高位で勝ち越し

 自己最高位の幕下東10枚目で今場所を迎えた朝赤龍(明徳義塾高−若松部屋、モンゴル出身)が、10日目に大翔大を破り勝ち越しを決めた。

 初戦から3連勝したが、7日目に初黒星。「いつも3連勝はするが、そこからなかなか勝てない。(今場所も)いやーな感じで、早く勝ち越したかった」と胸をなでおろした。

 勝ち越しの一番は大翔大の出足を止めた後、左に回り込みながら上手を取り、出し投げで破るうまい取り口。「横から攻めれば(いける)と思っていた」と気分良さそうに振り返った。

 この勝ち越しで九州場所は番付が幕下一けたに。残り2番の成績次第では十両をうかがえる番付まで上がるが、その辺は本人も承知済み。「勝ち越しで楽になった。あと2つ頑張りたい」と力強く言い切った。(東京支社・竹内


7月21日(土)・朝刊

「気持ち負け」連続V逃す 三段目の大翔馬

 三段目の大翔馬は、ここまで危なげなく6つの白星を並べてきた。全勝同士の一番に先場所(序二段優勝)に続いての優勝に期待が掛かったが、相手の引き落としにあっけなく落ちてしまった。

 「立ち合い張り差しにいこうかどうしようか、迷ってしまった。気持ち負け。来場所に向けて一から出直しです」と、悔しそうに振り返った。

 ただ、「今場所は体が動いたし、右でまわしを取れば負けない自信が付いた」と表情は明るい。目標は、年内の幕下昇進。「来場所は相手がきつくなるけど、頑張りたい」と力強く語った。(大阪支社・細川


5月28日(月)・朝刊

大翔馬(中村市出身)が序二段優勝

 序二段の大翔馬(本名・佐伯貴仁、追手風部屋、中村市出身)が決定戦で多賀嵐を破り、優勝を決めた。「負けないとは思っていたけど、土俵では緊張した。とてもうれしい」と笑顔を見せた。

 プロの水にも慣れてきたようで、「場所前から部屋の関取二人(追風海、浜錦)にいいけいこを付けてもらったおかげで、自分の相撲が取り切れた」と満足げ。来場所は三段目に昇進するが、「次も全勝優勝を目指したい」と胸を張った。(東京支社・竹内


5月25日(金)・朝刊

玉乃鷹と大翔馬 序二段で全勝

 大相撲夏場所十二日目の二十四日、幕下以下の各段は6番を取り終え、序二段の全勝は、玉乃鷹(中村市出身、片男波部屋)多賀嵐(茨城県出身、押尾川部屋)大翔馬(中村市出身、追手風部屋)黒岩(大阪府出身、松ケ根部屋)の四人が並んでいる。


5月24日(木)・朝刊

勝ち越しにも笑顔なし 朝赤龍

 大相撲夏場所11日目(23日・両国国技館)モンゴル出身、明徳義塾高出の幕下の朝赤龍が豪快な上手投げで新堂を破り、勝ち越しを決めた。2場所ぶりの勝ち越しだが、笑顔はない。「調子は悪くないのに2回負けたのが…。本当はきのう(10日目)決めたかった」と悔しさをあらわにした。

 とはいえ、そろそろ幕下の相撲にも慣れてきたようで、「幕下で勝つ自信がついてきた」とも。兄弟子の朝青龍に続くためにももう1番勝って番付を稼ぎたい。(東京支社・竹内


4月25日(水)・夕刊

朝青龍が新小結 最速タイの出世 夏場所番付

誇らしげに番付表のしこ名を指さす朝青龍(東京都墨田区本所の若松部屋)  日本相撲協会は二十五日、大相撲夏場所(5月13−27日・両国国技館)の番付を発表。モンゴル出身、明徳義塾高出の朝青龍が新小結に昇進した。綱とりを目指す春場所優勝の魁皇は今場所も東大関。

 朝青龍は初土俵から15場所目での新三役で、前相撲から取った力士としては、元大関小錦と並んで年6場所制になって以降1位のスピード出世。元大関朝潮の若松親方が育てた初の三役で、モンゴルからは一九九七年春場所の旭鷲山以来、二人目。

 横綱は春場所に続き、貴乃花が東、武蔵丸が西。大関は東が魁皇と出島、千代大海、西は武双山と雅山。千代大海と雅山はともに二度目のかど番となる。

 関脇は栃乃洋と、4場所ぶりに復帰の栃東。小結は東が琴光喜、西が朝青龍。琴光喜は2場所ぶりの三役復帰で小結は初。春場所で11勝を挙げた玉乃島が東前頭3枚目に。先場所東前頭8枚目で10勝5敗の好成績だった土佐ノ海は西3枚目まで上がった。また先場所8勝7敗の増健は西十両9枚目に番付を上げた。

 新入幕は若孜と浜錦で、闘牙、大善が再入幕。中大出身の若孜は初土俵から34場所目での新入幕で、幕下付け出しデビューとしては史上3位のスロー出世となった。大善は六度目の入幕。新十両は霜鳥、須磨ノ富士、山田改め若兎馬、若東の四人。再十両はなし。

 朝青龍がまたまた、記録的なスピード昇進をやってのけた。前相撲から15場所目での新三役は元大関小錦と並ぶ史上最速。入幕からわずか3場所目での快挙に「三役(に上がれる)とは思わなかった。何だか信じられない」と夢見心地だった。

 東京都墨田区本所の若松部屋で開かれた会見には、三十人近い報道陣が詰めかけた。紺色の紋付き姿で臨み、「うれしいスね。一番一番、『勝ちたい』という気持ちを強く持って、一生懸命にやった結果です」とにっこり。番付表に一段と大きな文字で載った自分のしこ名をまぶしそうに見詰めた。

 モンゴルの家族には番付表が届いて、すぐに電話で連絡した。「番付表の文字も大きいし、初日の協会あいさつでも土俵に上がる。(この地位は)えらいんだよ」と伝えると、歓喜の声が返ってきたという。

 春巡業から戻ってきたばかりで「調子はまだまだ」と苦笑いを浮かべるが、九日に開かれた勝抜優勝戦大阪大会で準優勝(優勝は横綱貴乃花)したように、実力は折り紙付き。五月十三日の初日に向けて、出げいこなどで徐々に調子を上げていく。

 「みんながライバル。思い切った立ち合いで前に出る自分の相撲を取りたい。今場所も頑張ります」と闘志をみなぎらせていた。

 【写真】誇らしげに番付表のしこ名を指さす朝青龍(東京都墨田区本所の若松部屋)


4月9日(月)・朝刊

大相撲勝抜大阪大会 朝青龍が健闘準V 優勝は貴乃花

 大相撲の勝抜優勝戦大阪大会最終日は八日、大阪城ホールで三十一人のトーナメント方式で争われ、横綱貴乃花が優勝して賞金三百万円を獲得した。

 貴乃花は千代天山、関脇栃乃洋、大関出島を下して決勝進出。決勝では朝青龍の突っ張りを受けながら、落ち着いて寄り切った。

 十両は大善が決勝で小城錦を寄り切って優勝した。(共同)

 横綱の強さに脱帽

 決勝は激しい一番となったが、貴乃花が貫録を示した。新鋭の朝青龍の激しい突っ張りを浴びたが、積極的に前進し、最後はしっかりと寄り切った。取組後、貴乃花は口の中を血で真っ赤に染めながら「激しい相撲? うん、そうですね」と風格十分に話した。

 朝青龍は「思い切っていこうと思っていた。何とか勝ちたかったが、やっぱり勝てないなー」と横綱の強さに脱帽していた。(共同)


3月31日(土)・夕刊

「いい行司人生でした」 定年の木村庄之助さん

「いい行司人生でした」と穏やかな笑顔を見せる29代木村庄之助さん(千葉県市川市の自宅)  香美郡香我美町岸本出身の大相撲立行司、第二十九代木村庄之助さん(65)=千葉県市川市在住=が、春場所千秋楽で定年を迎えた。わずか九歳で郷里を離れ、行司として角界に飛び込んで五十五年四カ月。最高位の庄之助まで上り詰めた行司人生に「周囲の人々の支えで最後まで無事に勤め上げることができた。本当にいい“行司人生”を送らせてもらった」と感無量の面もちだ。

 最後の春場所。表の主役は優勝した魁皇だったが、庄之助さんはもう一方の主役だった。千秋楽の土俵入り。装束はやはり、おなじみの古里・香我美町章を染め抜いた紺色のものだった。観客席のあちこちから飛び交う「ご苦労さま!」の温かい声援。「目が潤んで、じんと来た。ありがたかった」と振り返る。

 最後の裁きとなった貴乃花−武蔵丸戦はまったく緊張しなかったという。「取組の間は夢中。余計なことを考えず、ただ勝負を見極めるだけですから。『終わったんだなあ』という思いがこみ上げてきたのは、弓取り式で土俵下に控えていた時でしたねえ」

 最後まで行司に徹しきった庄之助さんが、笑顔を見せたのは、花道で長女の美智子さんらから花束を手渡された時だった。

 千秋楽から四日目の二十九日。自宅に「木村庄之助」と大書された明け荷が届いた。十両格行司になった昭和三十八年以来、巡業先と本場所を回り続け、休みの間は日本相撲協会に保管されていたものだ。「明け荷は決して自宅にあってはならないものなんです。それが今は自宅に…。やっぱり寂しいね」とぽつり。

 六月には待望の初孫が生まれる予定。ようやく家族水入らずの時間を送ることができるが、「相撲と縁が切れるわけじゃない。親方(二十八代木村庄之助)のように気が付いたことがあれば、後輩にアドバイスをしようと思っています」ときっぱり。

 講演依頼も相次いでおり、庄之助さんの「定年」はまだまだ先のようだ。

 【写真】「いい行司人生でした」と穏やかな笑顔を見せる29代木村庄之助さん(千葉県市川市の自宅)


3月30日(金)・朝刊

朝青龍、土佐ノ海、増健初のそろい踏み 高知市

帰高した若松親方と県関係3関取を囲んで、華やかに開かれた高知国体成功祈願パーティー(高知市の三翠園)  県関係三関取、初のそろい踏み―。高知国体の成功と相撲競技の好成績を祈願した県相撲連盟(早川紀夫会長)主催のパーティーが二十九日夜、高知市内のホテルに県内相撲ファンや高知国体相撲競技の開催地の室戸市関係者ら約四百五十人を集めて開かれた。若松親方(元大関朝潮)をはじめ朝青龍、土佐ノ海、増健の三関取がそろって元気な顔を見せた。

 三関取とも先の春場所で勝ち越したことから、会場は明るいムードでいっぱい。若松親方が帰高した四人を代表して「大相撲で活躍する支えになっているのは、県民の皆さんのご支援やご声援。その万分の一でも恩返しできれば」などとあいさつ。それぞれの関取、部屋後援会の関係者らが親方と三関取を囲んで鏡開きを行い、乾杯。三関取は、満員のため狭くなった席の間をあいさつ回り。「朝青龍、次は横綱を倒しよ」「もっと上を狙える」などと激励の声が飛んだ。

 高校三年の時、増健と国体に出場し、団体三位に輝いた土佐ノ海は高知国体の県チームに「僕らの成績を越えてほしい」とエール。「来場所では上と当たるんで、頑張って台風の目になりたい」と抱負も。朝青龍は「いい成績が残せて胸を張って帰ってきました」とにっこり。「僕は大相撲で高知の方の声援にこたえるから、国体選手もいい相撲をとって地元を沸かしてほしい」と県勢の奮闘と盛り上がりを期待していた。

 【写真】帰高した若松親方と県関係3関取を囲んで、華やかに開かれた高知国体成功祈願パーティー(高知市の三翠園)


3月29日(木)・朝刊

高知国体でのV祈願へ県勢3関取が帰郷

 先の大相撲春場所でそろって好成績だった朝青龍、土佐ノ海、増健の三関取を迎えて、高知国体相撲競技成功祈願のパーティーが二十九日午後六時から、高知市の三翠園で開かれる。

 県相撲連盟(早川紀夫会長)の主催。来年の高知国体相撲競技は室戸市の市中央公園相撲場で開かれる。地元総合優勝を目指し、ちょうど今も二十六日から四日間の日程で高知市相撲場で国体強化選手らが合宿中。そうした選手強化を進める連盟に激励と支援を、とパーティーを開くことにした。

 二十九日は室戸市関係者らを含め約四百五十人が出席予定。三関取に加え、県出身の元大関朝潮・若松親方も帰高する。ファンには楽しみな夕べとなりそうだ。


3月26日(月)・朝刊

庄之助さん 最後の土俵に一礼

 「礼に始まって礼に終わる」の言葉通り、最後の土俵から降りた二十九代木村庄之助=香美郡香我美町出身=は、いつものように静かに一礼した。花道でファンが「お疲れさまでした」と花束を渡すと、初めてくつろいだ様子の笑顔を見せた。

 千秋楽結びは貴乃花−武蔵丸戦。仕切りの間、両横綱を呼ぶ声に交じって「庄之助」と声援が飛んだ。軍配を返し、武蔵丸が貴乃花を寄り切った瞬間、サッと西方武蔵丸に軍配を上げる。差し違えなしで立行司を務め上げた瞬間だ。

 庄之助は「やっと肩の荷が下りました。大入りのお客さんが私を送って下さったようで、感無量。弓取り式の間、いろんな思い出が頭を駆けめぐっていました」と、ホッとした表情で話していた。


3月25日(日)・朝刊

行司の木村庄之助さん 名さばきもきょうで千秋楽

さばく取組はあと千秋楽の一番を残すだけとなった県出身の第29代木村庄之助さん(春場所14日目の大阪府立体育会館)  大阪府立体育会館で開かれている大相撲春場所を最後に定年退職する木村庄之助さん(64)=二所ノ関部屋、香我美町出身=に二十五日の千秋楽を目前にした心境を聞いた。

 昭和二十年十一月、わずか九歳で入門。行司生活は五十六年目になる。

 「いろんな人に支えられ、立行司にまでなれた。懸命にやってきていつの間にか過ぎた感じ。まだ場所があるので緊張感が続いているが、すんでやっとほっとするでしょうか」

 平成七年初場所から二十九代木村庄之助を継承。若貴ブームに沸く土俵で結びの一番をさばいてきた。

 「大相撲の長い歴史でかつてなかった外国人横綱と兄弟横綱が生まれた時代に庄之助を務められたのは幸せだった。だから、六年九州場所、千秋楽結びで貴乃花関が曙関を下して全勝優勝し、横綱昇進を決めた一番が自分の庄之助襲名とも重なって印象深い」

 立行司として六年余り、最後の取組を残して差し違えはない。

 「責任を常に感じてきた。毎朝、のどを守るためのうがいと、足腰を鍛えるためのそんきょは欠かさずやってきた。若い行司さんたちには、辛抱を肝に銘じてもらいたい。少しずつの積み重ねがものをいう世界だ。それと(番付などの)相撲字を書くことを大事にして、後世に必ず伝統を伝えてほしい」

 【写真】さばく取組はあと千秋楽の一番を残すだけとなった県出身の第29代木村庄之助さん(春場所14日目の大阪府立体育会館)


3月23日(金)・朝刊

山田(朝倉中卒)が新序三番出世

 日本相撲協会は春場所十二日目の二十二日、新序三番出世力士二十四人(再出世一人を含む)を発表。一番、二番出世と合わせて計六十九人(再出世四人を含む)が出世を果たした。本県関係は山田改め朝山田=本名・山田悠貴(15)、朝倉中卒、173センチ、110キロ、若松部屋=一人だけ。夏場所(5月13日初日・両国国技館)から番付にしこ名が載る。


3月12日(月)・夕刊

新弟子検査 本県の山田ら65人合格

 日本相撲協会は春場所初日の十一日、今場所の新弟子検査合格者六十五人を発表した。体格基準(173センチ、75キロ以上)を満たした五十四人のうち、内臓検査で二人が落ちたが、新たに実施された体力検査を通過した体の小さな入門希望者(167センチ、67キロ以上)は十三人全員が内臓検査をパスした。

 本県関係は、若松部屋の山田悠貴(15)=高知市出身、朝倉中三年、173センチ、110キロ=一人だけ。

 合格者は二日目(12日)から前相撲を取る。


2月5日(月)・朝刊

庄之助さんお疲れさま 祝う会に700人参加 東京

700人が参会し、木村庄之助さんの55年間にわたる行司生活の労をねぎらった「祝う会」(東京都千代田区のホテルニューオータニ)  三月の春場所を最後に五十五年間にわたった行司生活に別れを告げる大相撲立行司の第二十九代木村庄之助さん(64)=本名・桜井春芳、香美郡香我美町岸本出身=を祝う会が四日、東京都千代田区のホテルで開かれた。角界関係者や後援者ら全国から約七百人が出席し、「行司の横綱」の労をねぎらった。

 庄之助さんは終戦直後の昭和二十年九月、わずか九歳で、同じ香我美町出身の名横綱・玉錦が所属した二所ノ関部屋に行司として入門。十一月場所で初土俵を踏んだ。三十八年に十両格、五十五年に幕内格に昇格。六十年に式守錦太夫を襲名した後、平成四年には三役格、六年に立行司式守伊之助となり、同年の十一月場所の千秋楽に行司の最高峰、庄之助に昇格した。

 二所ノ関部屋が開いた祝う会には、横綱貴乃花、武蔵丸、先日引退した曙親方ら人気力士が勢ぞろい。本県からは橋本大二郎知事や郷土後援会長を務める安岡徹・香我美町長ら後援会員らが駆け付けた。

 橋本知事は「庄之助さんは帰高のたびに県内の相撲界を励ましてくれた。来年の高知国体では『相撲王国土佐』を全国発信して庄之助さんの支援にこたえたい」と祝辞を述べた。

 また、高知新聞社の橋井昭六会長は「力士の間に割って入って勝負を見極める所作が歌舞伎役者のようだった。その姿が見られなくなるのは寂しいが、ぜひ有終の美を飾ってほしい」。安岡町長も「地元住民の大相撲ファンは土俵の勝ち負けだけでなく、庄之助さんの軍配さばきに歓声を上げていた。庄之助さんの栄誉は地元の栄誉でもあった」と述べた。

 庄之助さんは「恩人」として、行司に誘ってくれた香我美町の河村重寅さん、いつも優しく励ましてくれた国民学校時の担任の高井常子さん、部屋で温かく接してくれたという大関佐賀ノ花関、行司の師匠で養父の第七代式守錦太夫、長年の苦労を分かち合ってきた妻の忍さんを挙げ、「五人がいなかったらここまでくることはできなかった」とあいさつ。「まだ一場所あるが、多くの皆さんに本当にお世話になりました」と謝辞を述べ、感涙にむせぶ忍さんとともに深々と頭を下げた。

 【写真】700人が参会し、木村庄之助さんの55年間にわたる行司生活の労をねぎらった「祝う会」(東京都千代田区のホテルニューオータニ)


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