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県農協グループが県知事選挙に熱い視線を注ぎ始めた背景には、知事の橋本大二郎が進める農業政策への積もり積もった不満があった。八月二十七日、それが一気にはじけた。
この日、農協グループの政策協議機関である県農政会議が開かれた。知事選問題は議題になかったが、メンバーの一人が問題提起した。「橋本に農政を任してはおけん。代えないかんのじゃないか」。「その通りじゃ」の声が続いた。
出るのは橋本非難の声ばかり。結局、「一次産業に理解があり、県民の代表としてふさわしい候補がいれば」の注釈付きで、「知事選では現職橋本を推薦せず」の方針を決めた。初めてのことである。
■「支援したのに…」■
農協グループにとって、橋本の何が問題なのか。一つには感情的なわだかまりが挙げられる。
例えば三年前の平成八年、県内の農協組織は住専問題とコスモス農協(本所=高岡郡佐川町)の不祥事(水増し賞与支給)で揺れていた。コスモス農協の代表理事を務めていた当時の県農協連会長、伊藤喜男は同年末に不祥事の責任を取って辞任。組織は弱り、農協貯金も一時は急減した。そんな弱り切ったさなか、年明けの一月に橋本が年頭所感で宣言したのが、「県はコメの生産調整(減反)から撤退する」だった。
知事が、自らの考えを主張するのが問題ではない。しかし、農協側は「なぜこんなとき…。一番困っているときに、まるで人の弱みにつけ込むような」と受け止めた。しかも七年の前回知事選で、伊藤は橋本の後援組織「大きな橋をかける会」の副会長として協力している。「裏切られた」という思いも残った。
■橋本イズム■
ときには協力団体すら敵に回すような「豪腕」が発揮できたのも、橋本が県民の圧倒的な支持を受けているからにほかならない。三十一万余票を得て初当選、二期目は低投票率の下で二十八万余票を獲得。その支持を背景に、橋本は斬新(ざんしん)な施策を次々と打ち出した。
農業分野も例外ではなかった。減反撤退発言にとどまらず、ショウガの輸入につながるコンテナ航路の誘致、中国との農業技術の交流、県農林水産部幹部への商工畑出身者の配置、農業系試験研究機関の商工労働部移管…。これらの施策の背景には、橋本イズム(主義)とも呼べる橋本流の考え方があった。
このイズムこそ、農協グループが橋本と離反した二つ目の理由と言っていい。
今回、知事選に出馬する県農協連会長の所谷孝夫は、農協連が自民党公認候補を推した三年の知事選の際、組織の方針に背いて橋本を支援した。その所谷が橋本の政治スタンスに疑問を抱くようになったのは、減反撤退発言からだ。橋本の施策を見守るうち、こう思うようになっていた。
「橋本は経済合理主義者。このままの施策を許していては高知の農業も、農協組織もめちゃめちゃになってしまう…」
所谷は橋本イズムの本質を経済合理主義とみた。経済合理主義は詰まるところ企業の論理。「だから『農産物輸入に反対するより、外国で野菜を作ることを考えろ』となる。そんな考え方で農政をやられたら、家族経営主体の本県農業は壊滅する」と。
経済合理主義者との指摘に対し、橋本自身はこう言う。
「議論は百か一かでは成り立たない。つまりバランス論。経済合理主義で行かなければならない面もあり、行ってはならない面もある」
正論ではある。が、所谷は県の農政の軸足が、「家族農業」から「企業的経営」に移ったと解釈した。漠然とした危機感がやがて大きく膨らんだ。
膨らんだ危機感が「知事を代える」という明確な目標に進化したのが八月二十七日。この日を契機に、あたかも燎原(りょうげん)の火のごとく農協組織内で主戦論が高まり始める。
(文中敬称略、知事選取材班)
【写真】県が補助金を出して誘致した中国・青島航路のコンテナ船。貨物の多くはショウガなどの農産物で、生産農家を圧迫している(高知新港)
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