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高知市長選 松尾氏大差で3選 投票率39.23%
任期満了(11月11日)に伴う高知市長選挙は20日、投票が行われ、即日開票の結果、無所属で現職の松尾徹人氏(55)が6万8000票近くを獲得、新日本婦人の会県本部副会長の中根佐知(46)=共産推薦、食品製造会社社長の近森正久(49)の無所属新人2氏をそれぞれ5万票以上の大差で抑え、3選を果たした。よさこい高知国体の夏季、秋季両大会に挟まれた慌ただしさの中、前哨戦も含めてムードは低調なまま。投票率は39・23%で前回を1・25ポイント下回り、故横山龍雄前市長が無風で4選を果たした2年10月の27・40%を除いて事実上の最低記録を更新した。
投票は20日午前7時から午後8時まで、市内67カ所の投票所で一斉に実施。開票は午後9時半から県民体育館で始まり、同10時1分、1回目の中間発表直後に松尾氏が早々と当確。その後、票差を徐々に広げて当選を決めた。松尾氏の得票率は67・14%。
今回の市長選は、2期8年の松尾市政に対する評価が最大の焦点。市文化プラザなどの大型施設、幹線道路などの基盤整備を終えた後の財政運営をはじめ、南海地震などを視野に入れたまちづくり、不況下での産業振興策、少子高齢化社会への対応などが問われた。
松尾氏は、三十年余の行政手腕と市長としての実績を強調。「ひと・まち・みどりが輝く生き生き龍馬都市」を目指す都市像にハードからソフトへの転換を掲げ、観光産業の活性化や災害に強いまちづくりなどを訴えた。無所属ながら共産を除く各党の支持、支援を受け、3度目の勝利を飾った。
中根氏は積極的なハード整備で債務が膨らんだ松尾市政を批判し、福祉や教育を重視する「優しい市政」への転換を訴えた。共産党や市民団体が運動したが、出遅れも響き、及ばなかった。
近森氏は会社経営の手法を生かし、「現場主義とスピード」による「高知改革」を主張。政党などに頼らない選挙戦で、経済対策を中心にアピールしたが、知名度の低さをばん回できなかった。
【写真】3候補による戦いに大差で勝利し、3選を果たした松尾徹人氏(高知市升形)
市政変革に市民の信頼
松尾徹人氏の話 高知国体の夏季、秋季大会に挟まれ大変苦しい戦いだった。関係団体や県議・市議、草の根の方々が総力を挙げて支援してくれたことに感謝する。投票率の低さが残念だが、大規模事業から生活密着型事業への市政変革を約束し、市民に信頼された結果と受け止めている。今後は行政のプロセスを改革し、市民とともにまちを築き上げたい。
松尾徹人氏(55)無所属・現・当選3回 東大法学部卒。昭和44年自治省(現総務省)入り。同56年から通算6年5カ月、県総務部長などを歴任。自治省選挙課長などを経て平成6年10月、高知市長に初当選。山口県光市出身。高知市針木南。
転換期に着実な手腕を
現職の松尾徹人氏が3選を果たした高知市長選は、39・23%の低投票率に終わった。10年の前回選挙を下回り、無風だった2年に次ぐ戦後2番目の低さ。前回は’98高知豪雨直後の2人の戦いだったことを考えれば、3人が立った今回の選挙がいかに低調で有権者の思いを吸収することができなかったかが分かる。事実上の戦後最低となった投票率は、同市の民主主義の危機とさえいえる。
6割の有権者が投票に行かなかったことを、松尾氏は真摯(しんし)に受け止めるべきだ。さらに中根氏と近森氏の得票の大半は、松尾市政への批判票と見るべきだろう。
選挙戦を振り返ると、出馬表明以降の松尾氏の政治的スタンスは最後まで揺れ続けた。5月に「政党に推薦を依頼せず、草の根の『市民党』で戦う」方針を打ち出したが、前回選挙で松尾氏を推薦した政党や市議・県議らが一斉に反発。草の根の支持者も楽観ムードは消えなかった。
結局、それを見かねた支持・支援政党の市議・県議が告示直前に動き始め、事実上の「政党型選挙」となった。
だが一方で、中根、近森の両氏も松尾市政の不満層の十分な受け皿にはなれず、知名度に勝る松尾氏の圧勝につながったといえる。
税収が減少する中で財政運営は厳しさを増し、今後の市政運営は「いばらの道」。市文化プラザなど大型施設の建設に伴うランニングコストが市の台所を直撃するし、長引く不況による生活保護費の増加、団塊の世代が退職期を迎えることなどへの対応も求められる。
都市政策では、中心部の空洞化対策や無秩序な開発が進む周辺部とのバランスのとれた都市構造改革をどう進めるか。さらにはエコ産業団地問題などを教訓に市民への説明責任を果たし、自助・共助・公助のまちづくりを進める仕組みづくりも必要だ。
転換期にある3期目の松尾市政は、今回の低投票率を市民の「声なき声」と受け止め、公約である「大規模事業から生活密着型のソフト事業への転換」などを着実に進めなければならない。誤りのないかじ取りを求めたい。 (政治部・岡林直裕)
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