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忘れられない生徒たちがいる――。
宿題でいつも曲がった線を書いてくる生徒が、みかん箱の机で勉強していることを知った時は胸が詰まった。「授業が分からんがは教え方が悪いきや」と教師に食ってかかった男子もいた。しかし、そんな子たちが決して特別なわけではない。
教員歴37年の元高校長は言う。「どの学校も同じ。自分のことをうまく伝えれんで、いらつきゆう子はなんぼでもおる」
◇
数年前、ある女の子が地元の高校を受験した。小中学校のどこでつまずいたかは分からないが、試験の点数は合格ラインまで遠かった。ただし、コツコツやっていける子。その子の向上心は、面接でも十分認めることができた。
合格者を決めるために各校で開く選考委員会。校長は、学ぶ意志を持つその子を「入れちゃりたい」と教員らに提案した。選考委員会は夜遅くまで続いた。高校へ入って勉強するだけの学力があるのか、教員たちはその子の答案を何度も分析した。
九九はできるが、通分で引っ掛かっている。アルファベットの「b」と「d」の区別がついていない…。
教員らが出した結論は、「責任を持って卒業させることを保証できない」というものだった。結局、その子は不合格となった。
「このケースをどう思う?」。誰に答えを求めるでもない問いが、元校長からこぼれる。
「今の学校は待ってくれんがよね。そんな子を」。射るような視線。「学力は低くても可能性のある子はおる。しかし、そんな子が成長できるチャンスを大人はつくりゆうかえ、と思う。高得点で高校へ行く高校生と比較したとき…」。目にはみるみる涙がたまっていった。
教室の隅っこで、不安そうな表情でただ座るだけの子どもは、どこの学校でも見掛ける。いろんな誘惑に負けてしまう子がいる。家庭の経済的な事情がつまずきの原因になることもある。そして一度つまずいてしまうと、「行き場所がない。取り返しがなかなかできんがよねえ」。
「習熟度別のクラス編成ができていれば。あの子は救えちょったんじゃないか」と今でも思う。10人ぐらいのクラス。小学5年の時点へも、英語が始まった中学1年の時点へも立ち返ることのできるシステム。もちろん教員数が必要になるが、「モーターを飛ばす子も根っこは勉強。救われる子はたくさんおるはずよ」。口元には笑みが浮かぶ。
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土佐の教育改革は一定成果が出ていると思う。しかし…。教員の資質は本当に上がっているのか。学力は定着しているか。社会の変化とともに、教育界もすさまじいスピードで改革が進む。華々しい改革の陰で、置き去りにされているものはないのか。不登校、中退、低学力、問題行動…。現在の学校はつまずく子どもたちを救えているか。退職した今も自問する。
選挙のたびに候補者たちが公約に掲げる教育問題。元校長にも聞いてみた。
―今、教育には何が必要ですか?
「子どもたちにかかわること。つまずく子に真剣に手を差し伸べること」。明快だ。
【写真】子どもたちはどんな未来へ向かおうとしているのか(写真と本文は関係ありません)
(知事選取材班)
11月25日付・高知新聞朝刊掲載
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