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衆院選が終わって数日後、郵便受けに県知事選の投票所入場券が入っていた。彼女(51)はいつものように家族の名前を指で追って確認した。
夫(56)、自分、長男(25)、二男(22)。4人の名が順番に並んでいる。が、長男はまだ一度も投票の経験がない。生まれながらの知的障害を伴う自閉症。候補者の政策を理解したり、自分の意思を表現することができないのだ。
「投票できんのに入場券は来る。大事な一票なのに、いっつも無駄。なんか、つらいよね」
彼女はじっとはがきを見つめた。
◇
長男が県立の知的障害児施設に入所したのは7年前。一家は長男が自宅に戻る週末、ドライブや散歩でだんらんの時を過ごす。とある平日の午前中、パートに出掛ける前の彼女に会った。
「見て、そこの引き戸。これ長男がけって破った穴。壁紙もぜーんぶはいでね。今でこそ部屋に観葉植物も置けるけど、前は大変やったあ」
確かに、以前は長男から片時も目を離せなかった。所構わず大声を上げる。物を壊す。街に出ると、周囲から白い目で見られたこともあった。
泣きたくなったり、投げ出したくなったとき、支えになったのは同じように障害児を育てる母親との電話。話をすると、長男と向き合う力がまたわいてきた、という。
ただ、夜昼なく、目配りがいる日々を重ねていく中、「長男を見ることに多少疲れてもおったかな」と振り返る。
外出先では、長男を見失うまいと、いつも左手で長男の右手を握っていた。左腕がすごい力で引っ張られ、やがて肩から上に上がらなくなった。ぎっしり握られる左手の甲には今でも消えないつめ跡が残った。この子と一緒に暮らしたい、という思いとは裏腹に、体が悲鳴を上げた。
養護学校高等部2年だった長男を退学させ、施設に預けた。専門的な処遇も受け、長男の行動は落ち着いた。家族の気持ちに余裕のようなものも生まれた。「このペースのまま、暮らしていきたい」。それが今一番の願い、という。
◇
ところが、長男が過ごす県立施設は民営化方針が示されている。県は従来、この施設に国基準以上の手厚い経費を充ててきたが、民営化で年間約4億円の県費削減になるという。「何億もお金を減らして、これまでよりえい施設になるんでしょうか」。彼女は素朴な疑問を口にした。
県は、重度心身障害児・者への医療費助成制度も本年度から見直し。財政再建の波は、社会的弱者、少数者、福祉分野にも押し寄せている。
国レベルで価値の転換が図られていく。「自己決定」「自己責任」という言葉が重みを増し、行政の「措置」に代わり、当事者と事業者との「契約」という概念が近年、一気に広まった。「事業者との対等な関係が持てる」とけん伝される。しかし、彼女らの立場からすれば、すんなりそうですか、とは言えない。
「私らが元気な間はどうにかなると思うけど、その後は? しゃべれん、分からん長男の契約に誰が責任持ってくれるんでしょう。採算とか効率とかばっかりを言われたら、障害者はおったらいかんみたいで…」
長男のために何をどう考えるべきなのか。知事選入場券を、彼女はこたつの隅にそっと置いた。
【写真】しっかりと握られた手。誰かの支えを必要としている人がいる
(知事選取材班)
11月23日付・高知新聞朝刊掲載
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