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「職員の間にまん延した事なかれ主義。内では悪平等に徹するくせに、外からの圧力には弱い。首長が交代しても相変わらずの組織体質。こんなよどんだ空気に耐え切れなかったですねえ…」
役所勤めに、自ら終止符を打ったのは10年ほど前。今、民間企業で働く40代の男性は、十数年間の公務員生活をこう振り返った。
理想に燃えて「公僕」を志し、そして挫折――。「官」の意識改革は今回の知事選の争点でもあるが、彼の目に、地方の行政組織はどう映ったのか。
◇
男性が勤める、街外れの小さな事務所。傾いた秋の日が差し込むその室内で名刺を交換した。精かんな顔立ちと、開けっぴろげで豪快な話しぶり。一般的な公務員像とは合わない。
「狭き門」をくぐり抜け、公務員となったのは昭和50年代。「きっと自分のやりたいことが見つかる。一生懸命やって出世してやろう」。そう心に誓った。
熱血漢で、次々と前向きな発想を提案した。苦情に接するたびに、解決策を求めて住民と延々話し込んだ。特定団体からの不当な圧力には、公平平等の立場から憤った。
しかし、そのたびに上司は「従来通りでえい」「無駄なことをするな」。見て見ぬふりをする同僚。気が付けば組織の「和」を乱し、浮いてしまった自分がいた。
退職届を出した時、未練も将来への不安もなく、ただ全身に解放感を覚えた。仲間が送別会を開いてくれた時だけは、彼らと別れる寂しさに目が潤んだ。
バブルの狂乱が過ぎ去って、ちまたに冷たい風が吹きすさび始めたころ。再就職した民間企業では、カルチャーショックの連続だった。
まず給料が大きく減った。代わりに残業は増えた。採算、効率が厳しく問われる中で、新しいことに次々チャレンジし、自分の頭でものを考えることが要求される。
「ただ、それが自分の成長につながりますよね。自由な発想ができるし、今の仕事は本当に楽しいですよ」
たばこの煙とともに勢いよく吐き出した言葉。安定した公務員生活を捨てたことに悔いはない。
「初めて分かりました。ご飯は必死で仕事をして食べるものだなあ、と。え? いや、役所では仕事をしてもしなくても食べていけましたからねえ。はっはっはっ」
こんな経験から、行政はできる限り民間に業務を委託するべきだ、と考えている。例えば観光客誘致。
「行政は各県持ち回りの各種大会を、ただ待ち受けるだけ。民間に任せたら、そりゃ必死で引っ張ってきますよ。あと、人事交流なんかで、民間の風をどんどん取り入れてほしいですね」
逆に質問された。――今の役所はどうですか? 昔とは違ってきてますか?
彼は全国の自治体事業の成功例を見聞きする中で、ある共通点に気付いた。「発端は、ただ一人の職員のアイデア。後は、腹をくくって道を開けてやる上司とリーダーがいるかどうか」
まさにそれが、彼がぶつかり、もがき、役所を去る原因となった「壁」だった。
◇
15年4月現在、県と県内市町村の職員は2万7671人。よじ登る者、転げ落ちる者、安住する者…。選挙カーの行く先々に、さまざまに「壁」と向き合う人生がある。
【写真】官庁街の出勤風景。公務員生活に自ら終止符を打った男性は、「役所のよどんだ空気に耐えられなかった」と振り返る(高知市丸ノ内1丁目)
(知事選取材班)
11月20日付・高知新聞朝刊掲載
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