ひたすら旧来政治の打破を目指してきた橋本大二郎知事。その最大のよりどころを「県民」と知事は説明してきたが、実はそこにこそ、橋本県政の最大の危うさが潜んでいるのかもしれない。
敵と味方
今年8月7日。「高知龍馬空港」の愛称発表会見で、橋本知事の刺激的な発言が飛び出した。
「高知県の一番いけないところは、みんなで何かやっていこうというとき、必ず足を引っ張る議論をすること」
これにたちまち、反応が現れる。「知事の言う『みんな』とは誰のことなのか」
龍馬空港の愛称化で7万人署名を集めたとはいえ、運動の推進者たちの多くは、橋本知事の支持者と重なり合っていた。本紙投書欄に寄せられた異論も少なくなかった。
県政は多種多様な民意の上に成り立っている。
知事は「そのバランスも考えながら仕事をしている」と言うが、自らの常識と理屈を武器に状況を突破していこうとする手法は、各方面にしこりを植え付け、県民を複雑に分断してきたきらいがある。
ここでも「分断」の象徴的事例として、闇融資事件が挙げられる。
自らの責任の判断に際して、限られた県民層としか接触しない対話の在り方や「自分以外に改革できる者はいない」と公言する姿勢は賛否を巻き起こした。
相手の非を詰問するような姿勢は数々の場面で見受けられ、その都度、知事は自ら相手を遠ざける結果を招いた。その関係修復も、表面的なものに終わらせてきた感が強い。
そうした県政のリーダーを、ある経済人は今の米国に見立てる。自らの価値観を疑わず、正義の旗を打ち立てて他国の体制や価値観を揺るがせる一国主義。許容の乏しいその在り方に酷似していないか、と。今回の知事選で対立する松尾徹人・前高知市長が掲げた「信頼と協調」は、そこを突いている。
冷戦後の社会は価値観が多様化し、単一な物差しでは統合できない社会になった。そうした時代背景での改革推進が、時に「敵と味方」という色分けを強いるのはやむを得ないとしても、それだけでは「勝者と敗者」しか生まれない。
「県民の鏡」
「僕は山本(卓)さんを見てきて、正統派のいごっそうだと確信した」
橋本知事は自著「政治家無用論」の中で、今は闇融資事件で背任罪に問われるかつての補佐役(副知事)をそう評している。橋本知事には、考え方を違えても、信念を持って行動する人生の先輩を慕う感性もうかがえる。
しかし県内に、有力な知事のブレーンがいたのかどうか。代わりに知事が一時期指南を仰いだのは、永田町界わいの人物であったりした。
橋本知事の存在によって12年間の県政は、内外に光彩を放ってきた。その一方で、限られた県民のエネルギーをマイナス面に費すことも避けられなかった。この現実は、知事という「鏡」が、県民総体としての力量を映し返しているのだとも言える。
◇
今年9月の県議会定例会開会日。本会議場で4選出馬を表明した橋本知事は、今の心境を「さまざまな傷を負った手負いの獅子」と表現した。良くも悪くも個性の強い高知という土壌に立ち続けてきた改革派知事の、偽らざる思いだろう。
だが、手負いと言うなら県政そのものもまた、激しい改革に身をねじられ、大小さまざまな傷を負っている。
66万有権者は、手負いの県政の処方を誰の手に委ねるのか。選択の日が近づいた。
【写真】狭心症の疑いで緊急の検査入院を前に記者会見する橋本知事(9月19日、知事室)
(知事選取材班) =おわり=
|