「変革願望」を背に疾走してきた橋本県政。3期12年の区切りに、4選出馬を表明した橋本大二郎知事(56)は、高知市長を辞した松尾徹人氏(56)の挑戦を受ける。揺れ動く県政はどんな起伏を描いてきたのか。
【写真】橋本県政の「生みの親」だった草の根(平成3年12月1日、高知市の選挙事務所)
「卒業論文」
橋本知事が、はやりのマニフェスト(政権公約)に代えて県民に示してきた政策案(公約案)には、知事自身が言うように「3期目までの卒業論文」といった趣がある。
自らの思いをあれこれ書き連ねた言葉の中で一つ、カギかっこ付きの際立った言葉に出くわした。「住民力」――。
〈地域ごとに、各種の公共的なサービスを担っていく“住民力”…さらにはそれら“住民力”が結びついた支え合いの仲間が育っていくかどうかが、安心で住みやすい地域をつくっていくための鍵になる〉
「住民力」をイメージしやすいよう、橋本知事は平成14年の「よさこい高知国体」を例示。民泊受け入れによる交流拡大と「やればできるという自信」が、地域防災や高齢社会、道路・河川管理などの在り方を変え、ひいてはあすの高知が自立するための原動力になる――と、そんな視点を投げ掛けている。
このメッセージは、いかにも「草の根」に支えられる橋本知事らしい。
12年前にNHK職員だった橋本氏を担ぎ出し、そしてあの「31万票の嵐」を呼び起こしたのは、紛れもなく「草の根」の集まりだった。
「ごく普通の県民層で、政治や行政に対して発言する場を得たい、それぞれの思いを直接届けたいと思う人たち」
これが橋本知事による草の根の“定義”だ。知事は3期12年の県政運営を通じ、行政に物申す直接のルートやチャンネルを持たない『声なき声』に応えようとしてきた。その姿勢と、思い入れのにじむ「住民力」という言葉とは違和感なく重なり合う。
「住民力を信じて」――。知事の“卒論”にあえて副題を付ければそうなるだろう。
ブレーンは?
ただ、これまでの橋本県政を眺めると、知事自身と知事の言う「ごく普通」の県民の関係が密になったとは言い難い。
選挙時に「草の根」が知事に託す「県政を変えてほしい」との願いは、目に見える成果と「妥協しない知事」を強いる。その結果が、時にパフォーマンスと指摘され、議会などとのあつれきも招いてきた。
選挙の時にはパワーを発揮する「草の根」も、平素は「ごく普通」の県民に戻り、各種会合などを通して県政へ積極参加する人は限られている。
「そうは言われても、橋本さんは県政の頂点にいる人。私たちは見守っていれば…」
“元祖草の根グループ”に名を連ねていたメンバーはこう言うが、それだけでは「当選させたら後は知事にお任せ」と言っているのと大差ない。
「行政と住民の新しい関係」を模索し続けてきた橋本県政でも、県政トップが「普通の県民」の発言を有効に、しかもある程度公平にくみ上げられる仕組みや制度上の成果は、まだ全国発信できていない。
そもそも個々の要求のレベルも質も異なり、およそ統合不可能なのが「民意」でもある。
12年を経て、「草の根」に通じる「普通の県民」が、政党などに代わる政治の主体にはなり得ていないことに気付く。かといって、無党派知事が政党などに寄り掛かるわけにもいかない。
民意に寄り添う橋本県政にこのジレンマがあるせいか、以前から県庁の内外でささやかれ、今なお消えない疑問がある。
「知事のブレーンは一体、誰なんだろう」
(知事選取材班)
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