9月25日。自民党県議依光隆夫の質問の前にもう一度、笠誠一に会っておこうと思い直した橋本は、午後6時15分着の羽田行きで上京。空港からそのまま笠の家に急いだ。
笠を前に、橋本は尋ねた。「じいさん、どうしてこんなこと(裏金証言の文書)を?」
「お前さんこそ、なんで知事を引かないんだ?」。笠の切り返しに橋本はこう答えた。
「このまま辞めてしまったら、高知は昔の状況に戻ってしまう」
【写真】知事選で相まみえることになった「因縁」の2人(10月5日・大阪市での県人会近畿連合会総会)
“代理戦争”
橋本の言う「昔の状況」とは、どういうことなのか。
橋本自身の口からはまだ、県民に向けて明快に説明されていないが、それを推し量る材料が6年の高知市長選にある。
松尾はその年、いったんはあきらめた知事の座を「県都の市長」に置き換え、再び高知へ降り立った。4人が出馬した10月の市長選は、実質的に橋本が出馬へと動かした対立候補との一騎打ちで、選挙戦は橋本との「代理戦争」の様相さえ呈していた。
対立候補に対する橋本の肩入れはあからさまで、県議会で中立宣言しておきながら、告示日当日の出陣式でもマイクを握るほどだった。
この選挙で対立候補は、橋本以前の県政に対し、陰に陽に影響力を行使してきた政党や各種勢力を「敵」ととらえ、松尾の背後にその影を見て取っていた。そんな視点が橋本の言う「昔の状況」を代弁している、とみる向きは少なくない。
だが、松尾にすれば、それは見当違いな見方と映る。〈なぜそこまで、敵味方に分けるのか。私は負ける戦いはしたくないし、政党の軽視は混乱を招く〉
松尾は、長く霞が関で永田町政治を見てきた。それだけに政党や団体の力というものを知っている。選挙はそうした勢力を抜きにして戦えないと考える傾向も強い。
「そこが橋本と松尾、二人の決定的な違いだろうな」と、参院議員平野貞夫はかつて評したことがある。政治観や政治手法の違いこそが、二人の「因縁」の根っこにあると言えなくもない。
12年前、「草の根」の熱狂が橋本県政をつくり出した。だが、熱狂の陰に隠れ、既存の政治勢力もうごめいていた。
政党や土木建設業界などの各種団体が、知事という最高権力者といつまでも同じ向き合い方でいるとは限らない。今回の選挙資金調達疑惑の浮上がそれを物語っている。
平野は言う。「是非は別にして、こんなことがいつかは噴き出すんだよ、長くやっていれば」
「解散」の日
「依光質問」が県議会9月定例会で断行された2日後の10月2日。松尾の前には、議会を抜け出してきた自民党県議、結城健輔がいた。
結城は県庁OBらでつくる松尾を囲む会のメンバー。用件は知事選出馬の意思確認だった。結城に「本音はどうか」と迫られ、突き動かされるように松尾は口を開いた。
「やります」
翌3日には、周辺がざわつき始める。午後には「松尾が立った!」との情報が知事室にも届いていた。
1週間後。衆院本会議場に解散の「バンザイ」が響いた日、県議会は自民党主導で調査特別委員会(百条委員会)を設置し、橋本はこの4年間に2度目の百条委設置を見守った。松尾は翌日の出馬表明会見の準備などに追われていた。
日暮れて自社に戻った県建設業協会会長の井上和水は、望まなかった「橋本対松尾」の構図確定に、後はどうとでもなれとばかり言い放った。
「知事選?(業界は)謹慎だ、謹慎」
(文中敬称略・知事選取材班)
=おわり
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