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問われる自民の真価
「小泉旋風」の中で行われた第十九回参院選は、自民党が六十五議席を獲得する勝利を収め、小泉内閣の改革路線に弾みをつけた。県選挙区(改選数一)は、自民党前職の田村公平氏(54)が小泉人気の追い風に乗って再選。党県連は県内三つの衆院小選挙区、三年前に奪還した参院議席と合わせ、衆参五議席独占を維持した。しかし戦いの主軸は政策論争ではなく、「小泉人気の自民」対「知事派の草の根」の争いだった。
「身動きのできない暴風の中から始まった」
田村氏はもとより、党県連のだれもが口をそろえた。森前内閣の支持率が一けた台に低迷する中、党員からは「これでは参院選は戦えない」と悲観ばかりが漏れた。
そこへ橋本大二郎知事の全面支持を受けた前自民党県議の広田一氏(32)が無所属で出馬を表明。「負け戦になるかもしれない」。陣営幹部が思わず本音を漏らした。
無所属で初当選した田村氏は六年前、公明党の実質支援を受けた。ところが田村氏は自民復党後の昨年の衆院選で、高知1区と徳島1区の「自公協力」をめぐって公明党の反発を買うなど、不利な条件ばかりがそろっていたからだ。
劣勢を一気に巻き返したのは、四月末の小泉内閣誕生だった。
選挙戦序盤の七月十六日には小泉純一郎首相が高知入り。高知市の中央公園など演説会場はどこも大勢の県民で埋まった。「田村候補をよろしく」。田村氏の手を高々と掲げる小泉首相。党幹部のだれもが田村氏優位を確信した。
ところが、やみ融資問題で出遅れた橋本知事が本格的に広田氏の支援に乗り出すと、草の根の動きが次第に活発化し、終盤にかけて猛烈に追い上げた。
党内には組織選挙特有の上滑りへの懸念がにわかに浮上した。党県連の梶原敏男事務局長は「小泉人気で油断したのか、支部や議員らの動きはこれまでになく鈍かった」と振り返る。
陣頭指揮を執る土森正典幹事長は「攻めだるまでいけ」とげきを飛ばし、危機感を強めた田村氏も「“田村党”を起こせ」と自ら指示。選挙事務所に電話十台を増設し、支援者への呼び掛けを徹底した。
県連会長でもある中谷元防衛庁長官も急きょ予定を変更し、二十五日夜に帰高。山本有二、福井照両衆院議員、三年後に改選を迎える森下博之参院議員も前面に立った。最終盤の二十六日夜、高知市の個人演説会場を埋めるため、大掛かりな動員をかけたのも危機感の表れにほかならなかった。
知事派またも離反
結果は、田村氏が高知市をはじめ四十九市町村でトップを取り、広田氏に三万六千余票の差をつけた。しかし終盤は小泉旋風の自民党より、知事派の草の根の勢いが明らかに勝っていた。
知事派を内包する自民党県議団は二年前の知事選で事実上、分裂した。それだけに党県連は今回も知事派の離反を警戒し、三月には土森幹事長が「党則違反者は処分する」と警告。六月には、広田氏後援会の事務局長に就いた前自民党県議を除名処分にし、「本気」を示した。
しかし、離反は止まらなかった。「表は田村、水面下では広田支持」。県内各地で知事=広田氏支援で動いた党員、議員は少なくなかった。
小泉旋風をもってしても知事派の離反、造反を阻止できなかった自民党県連。戦いの後に残った課題に正面から向き合う必要に迫られている。
【写真】「田村候補をよろしく」。田村氏の手を高々と掲げる小泉首相。小泉人気は高知でも圧倒的だった(7月16日、高知市はりまや町2丁目)
(参院選取材班)
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