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採決する前に熟考を
現在の臓器移植法が施行されて10年以上たつが、これまでのところ臓器を提供したのは81人、行われた移植手術の数は345件である。また移植を受けたけれどもお亡くなりになった方が40人いる。
現行法のもとでは、本人の提供の意思が示されていて、家族がそれを拒否しなければ死亡判定としての「法的脳死判定」に進み、脳死と判定された方から臓器を摘出することができるが、有効な意思表示ができるのは15歳以上に限られているので、小さな子どもの心臓移植は1例もない。
子どもにも移植医療を! 提供臓器の数の増大を! の大合唱が巻き起こり、国会で移植法改正を目指す四つの法案が今日にも採決されようとしているのだが、大合唱に加わる前に少し立ち止まって考えてみよう。
【写真】臓器移植法の4改正案について審議する衆院厚労委(5月27日)
■ドナーが費用負担
脳死の診断には大きく分けて二つある。一つは治療方針を決めるために行われる「臨床的脳死診断」で、たとえ脳死と診断されても患者は生きており、健康保険の適用を受ける治療が継続され、憲法第25条に定められている生存権が保障される。もう一つは臓器を摘出するための死亡判定として行われる「法的脳死判定」であり、脳死と判定されれば死亡が宣告され、その時点で本人のための治療は一切打ち切られる。その後はレシピエントのための臓器保護処置に切り替わり、臓器が摘出されるまで続くことになる。ただ奇妙なのだが、ドナーに対する保険適用だけは継続されるので、臓器保護処置はドナー本人が費用を負担する形で行われる(現行法付則11条)。
また、今月5日の厚労委員会の審議で明らかにされたことだが、2002年度のある厚生労働科学研究によれば、救急救命センターで外傷が原因で亡くなった患者のうちのおよそ4割は、適切な治療が受けられたなら救命された可能性があり、その割合が6割に達する救急施設もあるという。新生児死亡率世界最低を誇るわが国の幼児死亡率は、残念ながら世界21位なのだけれど、その原因の一つが「不慮の事故への対応のまずさ」であるという。幼児虐待やDVの被害者がドナーになってしまうことを防ぐのも簡単なことではないし、そもそも小児の脳死判定を正式に行える提供施設は日本全体で1カ所しかない。
■移植後の消息
先に、移植を受けたがお亡くなりになった方は40人だと書いた。この数字は今年2月現在での日本臓器移植ネットワーク調べの数である。ところが同ネットワーク昨年5月15日の発表では45人がお亡くなりになったことになっていた。また07年発表の日本臨床腎移植学会と日本移植学会の合同調査によれば、04年までに実施された腎移植1万7744件のうち、レシピエントの消息判明率はおよそ5割に過ぎない。厚労省、移植ネットワーク、日本移植学会はいずれも、責任を持つべきレシピエントの術後の状態を把握しているのかどうかきわめて疑わしいのである。
逆に昨年、米NBCテレビを通して全世界に報道されたザック・ダンラップさんのような例もある。ダンラップさんは臓器を摘出される寸前までいったが、脳死に対する家族の疑いによって命を救われ、完全に回復して釣りをたのしむこともできるようになっているのである。彼は血流検査を含む脳死判定で脳死と判定されたときの様子を、医師の「彼は死んだ」といった声が聞こえ、「それで心の中が狂わんばかりになった」と話している。
■放棄された説
ちなみに、ダンラップさんの住むアメリカで昨年12月に公表された大統領生命倫理評議会報告「死亡判定論争」では、脳は身体の諸機能を統合する器官であり、脳が機能を失えばそれは死亡であるとする有機的統合体論に基づいた全脳死説は矛盾が多すぎてこれ以上支持することができないと判断されて、放棄されてしまっている。しかし、脳死移植自体は放棄されたわけではなく、「ドライヴ」という新たな医学的論拠を創出・導入することによって、やはり脳死移植を推進しようとしていることには変わりない。
脳死移植ということは、このように脳死判定の不完全性や救命救急医療の不備に目をつぶって、レシピエントの回復可能性にかける決断を下すことなのだということを忘れてはならない。また、脳死の人に死亡を宣告するのは、臓器を摘出するのは死者からでなければならないとする移植医療の不文律、デッド・ドナー・ルールを犯さないという形式を整えるため、あるいは殺人罪での告訴を避けるためであることを忘れてはならない。 (生命倫理会議、松本歯科大教授)
(2009年6月18日付朝刊)
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