|
過去の論議置き去りに
高知の一例目から丸一年。最初の半年は、四例目まで慌ただしく「脳死者」からの臓器提供が相次いだ。残りの半年は対照的に、ぴたりと静かになっている。
その境目の時期にあるのが、昨年九月の愛知県の藤田保健衛生大病院での「脳死判定」だった。
この時は十七歳の女子高校生が交通事故に遭い、臓器移植法に基づく第一回目の「脳死判定」に入ったが、その後、途中でやめている。
女子高校生は片方の鼓膜が傷ついていて、基準通りの検査ができなかったためだった。
■せめぎ合う2つの流れ
「脳死」かどうかを見極めるテストには項目がいくつかあり、その中に「両方の耳に氷水を流し込んでみる」というのがある。
もし脳の中の「脳幹」が生きていれば、氷水の刺激で目が動くので、それを観察するのだが、鼓膜が傷ついていれば当然、検査はできない。
そこで愛知の判定中止の際には、「臓器移植法は厳し過ぎる」という声が上がった。「他の項目がすべて満たされているのだから、九割九分『脳死』に違いない。一つくらい満たされなくてもいいのではないか」という考えだった。
愛知のケースに限らず、「脳死」者からの臓器摘出への評価をめぐっては、常に二つの流れがせめぎ合っている。一つは脳死判定基準の厳格な運用を求める向きと、もう一つは、少々運用が雑でも構わないとする向き、である。
後者の立場の中からは、しばしばもっと踏み込んだ見解も出されることがある。「医学的には『脳死』なのに、臓器移植法の基準を満たせない場合がある。法は厳し過ぎる」といったような表現だ。
これは、つまり「臓器移植法の基準をすべて満たしていない状態」であっても「医学的に脳死と言える」場合がある――ということになるのだが、そんなことが本当にあり得るのだろうか。
ここでは、積み上げられてきた重要な脳死論議の多くが、無視されてしまっている。
臓器移植法やそのガイドラインは、「脳死」の見極めを「竹内基準」で行うように求めている。同基準は、竹内一夫杏林大名誉教授の研究グループが、医学的研究の結果たどり着いたものだった。
医学界内外では、評論家の立花隆さんの批判などを軸に「竹内基準では不十分」との論議が続いてきた。現在では、少なくとも竹内基準の項目の一つでも満たさない場合、「脳死」とは判定できないというのが医学的認識になっていたはずである。
法の基準が厳しいという意見は、これまでの論議を大きく過去に引き戻すことになる。
■人々の揺れる心
「痴ほうや寝たきりになるくらいなら、いっそポックリ死にたい」。元気な人が、思わずそう口にしてしまうことがある。
しかし、だからと言って、本当に痴ほうになってしまった場合、障害を負ってしまった場合、その人が死を望むかというと、それは違う。ましてや、他者が死を用意し、手を下してよいはずはない。そんなことは決して許されない。
どんな状態に陥ろうと、そこにはやはり幸せがあり、不幸せがあり、その人の人生がある。生は無意味などでは決してない。
ところが「脳死」となると、人々は迷い始める。最も根底にある論議は、「脳死は人の死か」「人の死でないのか」だ。
一方で「脳が死ねば、『私』も消える。その後は無意味になる」という意見が、一定の説得力を持って受け止められる。その上で、病気に苦しんでいる人がいて、臓器を提供することで救うことができるという現実が後押しする。
その逆に、「脳死となっても、体は温かく、動いている。人の存在は単に脳にだけあるのではなく、無意味ではない」との意見も根強く、永遠に消えることはない。
この「最も根底の論議」に決着がつかないままに、移植を待ち望む人がいるという現実に後押しされ、論議は「その次の段階」に進んでいる。
仮に「脳が機能を失えば『私』は消え、無意味になる」としよう。では、その「脳が機能を失った状態」をどうやって見極めるのか。正確に「脳死」を判定する方法があるのか。
この段階には「少しでも意識が残っているなら、『私』が消えたことにならない」という新たな不安、迷い、難題がある。
不安定なまま突き進む脳死論議。過去の経緯を無視すれば、さらに混乱を招くだろう。
(社会部取材班)
【写真】摘出手術のために到着した大阪大のスタッフ(平成11年2月28日、高知市の高知赤十字病院)
|