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【挑戦】
恋い焦がれた大市場
明石海峡大橋を一望するなら、まずここだろう。淡路島北端の高台にある淡路サービスエリア(SA)。高速道の上り、下り両車線沿いにそれぞれレストラン、売店。さらに兵庫県が公園型休憩施設として運営する「ハイウエーオアシス」も併設。関西では最大級の規模を誇るSAで、土、日曜は本州方面からのマイカーが押し寄せる観光スポットだ。
ここへ本県の土産品卸・小売業、はりま家(高知市はりまや町一丁目、千頭滞久朗社長)が売店の納入業者として進出した。
「明石の売店は全国でも指折りの規模になるはずだと思っていたから、ずうっと恋い焦がれていた」と、同社専務の千頭一弘さん(36)。同社は瀬戸大橋の開通時にも与島SAなどに土産品を納入。以来十年、高速道沿いの観光施設、ホテルなどで納入先を開拓し、四国内に約三百件の取引先を持つ。
■瀬戸大橋で勉強
「明石の魅力は京阪神の大都市圏がバックにあること。あれだけのスケールを持つ市場はもう二度とない」。一弘さんは昨年夏からオリジナル商品の開発に取り掛かるなど、いち早く動いた。しかし、父親の同社社長、滞久朗さん(66)は「ちょっと待て」とブレーキをかける。一弘さんが商談用に試作した何十種類ものサンプルは明石グッズばかり。不安をぬぐい切れない。
「郷土民芸品を中心に“南国土佐”でやってきたわれわれの時代と違うことは瀬戸大橋で私自身も分かった。だが、“明石”だけをそれほど大量に作って大丈夫か…」
それでも一弘さんは、恋い焦がれる“恋人”をわき目も振らずに追いかける。「開通時はどんな商品が売れるか、団体客が多い春先や秋口、家族やグループが増える夏場の売れ筋、価格設定など瀬戸大橋の時の詳しいデータを残している。あそこには中、四国の問屋がほとんど集まったが、どういう商品でどんな商売のやり方をした業者が生き残ったかを見ることができた」
滞久朗さんも最終的には一弘さんの熱意に動かされ、「明石」進出に踏み切った。「メーカーや同業者の動き、商談を持って行く先など、(一弘の)情報をキャッチする速さは私と全然違う。高知に引っ込んでいてはなかなか分からないことを瀬戸大橋で勉強したようだ」と、感ずるところがあったからだ。
■実力試される場
七月下旬のある日、淡路SAの売店で同社営業部の矢野恵三さん(41)が忙しく立ち働いていた。キーホルダーだけでも五十種類、マグカップや灰皿などの陶器類、小物雑貨、ハンカチ、タオル類なども含め約百二十点。品薄になった商品をチェックして回り、在庫で補充あるいは高知市仲田町の営業部へ発注する。
高知から淡路SAへの商品配送は宅配便を利用。午後六時ごろに営業部が出した荷物を翌朝八時ごろ、近くの宅配便中継所へ取りに行くというのが現地での仕事だ。矢野さんは会社が借りたマンションに泊まり込む毎日。矢野さんや一弘さんら六人が四−六日交代で高知から出張している。
「土、日は売り場が身動きできないほど混雑するが、開通ブームが一段落してからが正念場」と矢野さん。売店の納入業者は約八十社、少しでも店側の信頼を勝ち得ようと受発注業務を含めた細かいサービスも引き受ける。
淡路SAは今、有望な市場として同業者に注目されている。一弘さんは「うちのベースはあくまでも四国だが、明石でいろいろなメーカー、問屋と接することで仕事のやり方など高知にはない競争の厳しさを肌身で感じる。これが貴重な財産になるし、問屋としての実力が試される」。
若い世代が「明石」で力いっぱい挑戦している。
【写真】集客力抜群の淡路サービスエリアの売店。矢野さん=左から2人目=は品薄になった納入商品がないか、入念に見て回る(兵庫県淡路町)
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