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【思惑違い】
人口減った架橋の町
「瀬戸大橋の町 坂出へようこそ」。坂出市内にはこんな看板があちこちの街角に立っている。同市の人口は約六万人。架橋地として「瀬戸大橋の町」を自負しているが、ここから伝わって来る話は意外にも「人口が減少している」「商店街は空き家だらけ」。どうも元気がない。
すぐ隣の「新宇多津都市」(綾歌郡宇多津町)が、専門学校開設や映画祭開催の成功など「若者の町」ともてはやされているのと対照的だ。「瀬戸大橋の町」はどうなっているのか。
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JR坂出駅近くの元町栄筋商店街。確かにシャッターを閉ざした店が目立つ。四月初旬、平日とはいえ夕方の通りは人影まばら。歩いているのは制服姿の高校生、おばあさん。時々、買い物客らしい自転車の主婦が通り過ぎる。
■地元商店街は衰退
「そりゃ、大橋ができたら坂出は良うなる、商店街もにぎわうと思っていた。期待はずれやったねえ」。同商店街で文具店を営む福井時雄さん(73)は、ため息をつくように話し始めた。福井さんの“坂出嘆き節”はざっとこんな具合だ。
「とにかく人口が減っとんやから…。ここ何年も県内で一番、減り方が大きいと聞いとる。やっぱり若い人には町がつまらんのやろ」「店(の経営)はほんまに厳しい。店を畳む人の気持ちはよう分かる」「宇多津は塩田跡を上手に利用して新しい町をつくったけど、坂出はうまくいかんかった。あれだけの広い土地を地主が抱え込んでなかなか手放そうとせんかったから」
商店街に空き店舗が目立ち始めたのは二、三年前から。「原因ははっきりしとる。坂出や周辺にどんどんできた大型店の影響や」。福井さんの店から少し離れた呉服店が近く店じまいする。「百年以上も続いた老舗(しにせ)だったんでえ…」
■10年で人口5000人減
福井さんの話をできる限りデータから裏付けて見よう。坂出市の人口減はこの十年(昭和六十三年一月−平成十年一月)で四千九百六十七人。香川県全体は昭和四十二年から人口増を続けているが、坂出市は昭和六十年から人口減少に歯止めがかからない。昨年一年間の減少数は三百三十五人で、県内で最も多かった。減少数一位は平成六年から四年連続だ。
通産省の商業統計調査によると、平成九年(速報値、六月現在)調査では坂出市の商店数(卸売業含む)は一千二百八店、従業員数は六千百九十四人、年間販売額は一千八百四億五千五百四十二万円。平成六年の前回調査と比較すると商店数は八・六%、従業員数は七・九%、年間販売額は一三・七%それぞれ減少した。
何かと比較される宇多津町は、九年の年間販売額が前回比六〇%増の八百三億六千六万円。また香川県経済研究情報センターの「中心商店街空き店舗状況」(平成八年)では、坂出市の空き店舗率は二〇・四%という厳しい数字。坂出商店街の地盤沈下がはっきり読みとれる。
■遅れた都市計画
香川県の大型店出店ラッシュは、大規模小売店舗法(大店法)の規制緩和が直接的に促したが、その流れは瀬戸大橋開通後の平成三、四年から大橋に近い坂出、丸亀の中讃地域から始まっている。
坂出市企画課は「塩田の跡地利用では都市計画がスムーズにいかなかったし、駅前再開発では鉄道高架化事業で丸亀に遅れた。うちは架橋関連の連絡道整備などに多くの財源をつぎ込まなければならなかったので…」。その説明はどこか元気がなかった。
【写真】空き店舗が目立つ坂出市の中心商店街。架橋の町は地盤沈下に苦しんでいた(坂出市元町)
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