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【沈滞】
バブルに踊った末に
人口二十九万人の兵庫県明石市。JR明石駅前の量販店地下で名物の明石焼きを売る、楽しいおじさんに会った。
「居酒屋座敷ブラジル」を経営する津野伸一さん(56)。父親が須崎市出身。約二百平方メートルの店内には、よさこい祭りのポスターや坂本龍馬像、皿鉢が並ぶ。角刈り頭をなでながら「僕は土佐っ子や」と目を細める。
「祖父は新荘川に丸太を渡して『有料橋』をつくった。すぐ大水で流されて大失敗や。そんな血引いてんかなあ、僕も多角経営でバブルはじけた」
てんぷら屋にジャズハウス、昭和五十八年からは予備校も経営した。三百人近い学生を集め、本人も現代国語を教えたが経営が行き詰まり、七年後に閉校。結局、父親の代から経営している居酒屋とビアガーデンだけが残った。
「学生さんには迷惑かけず、予備校もきれいに店閉めした。それが救いやな。バブルで放漫経営、ほんで責任もとれん、明石市とは違いまっせ」
明石海峡大橋の西側二キロに広がる明石市の大蔵海岸。十九ヘクタールの埋め立て地の多くがまだ更地のままだ。「海峡公園都市」をうたう同市が平成元年から進めているウオーターフロント事業は、造成費だけで二百六十四億円。開通に合わせ民間ホテルを誘致する計画だったが、これまでのコンペで応募はなく、開通時のオープンは断念した。
「銀行から二百六十四億円を借り、埋め立て地をホテルに売却して返済する計画だった。でもバブル全盛期の計画でして…。地価は下がるし、応募はないし。結局、六割は市費を投入して賄い、残りの百二十億円は抱えたまま。やっと一部はレストランに売却が決まったけど、それも十五億円分。もーねえー…」(明石市海岸整備第二課)
同大橋の東側約一キロで多目的レジャー施設などを整備する「マリンピア神戸」(約一八・五ヘクタール)を進める神戸市も四苦八苦。平成三年から造成し、開通と同時オープンの予定だったが、民間企業の応募はなく用地売却はとん挫。二・八ヘクタール分だけ十五年間の借地契約に切り替え、大手不動産会社によるレストラン関連の施設整備が決まったものの、開業は来春。
「ホテルは完全にそっぽという感じで、約一・三ヘクタールの宿泊用地は宙に浮いたまま。レストランと公園以外の分は、大して見通しは立っていない」(神戸市産業振興局)
明石市にも神戸市垂水区にも、「大橋のたもとはただの通過地になる」の思いがのしかかる。
「橋を見るために泊まる人はおらん。だからホテルの一軒も建たん。海岸整備が終わったころ、ブームも冷めてるわ」と神戸市の不動産業者。
「埋め立てには市民の反対もあったし、国立公園なんで高さ制限もある。このご時世、そっぽ向かれて当たり前」と明石市の自営業者。
■「高知が攻めて」
「食べる?」。津野さんが自慢の明石焼きを出してくれた。
たこ焼きに似ているが、原料は主に卵。表面はカリッ、中はふにゃり。タコがコリコリ。カツオだしにつけて食べると、潮の香りが広がった。
「うまい」というこちらの声に満足そうな津野さん、「余った土地の活用法」を披露した。
「開通後はイベントがめじろ押しや。ほんなら、高知がこの海岸へ攻めてきたらええ。物産店でも鳴子踊りでもどんどんやったらええ。相乗効果で土佐も明石も盛り上がる。どや。応援するで。明石市のしり、たたいたってや…」
バブルがはじけ、大震災が追い打ちをかけて、何もかもが夢の跡。大橋のたもとは沈んだ表情の「開通前夜」だ。
(第1部おわり)
(政治部・中平雅彦)
(経済部・依光隆明)
(社会部・石井 研)
(写真部・門田和夫)
( 〃 反田浩昭)
【写真】人通りもまばらな飲食街。バブル崩壊、阪神大震災、長引く不況の中で明石海峡大 橋の開通を迎える(明石市内)
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