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【待つ】
架橋ブーム再来成るか
徳島観光と言えば、阿波踊りに鳴門の渦潮。その渦潮を一望できる鳴門公園の通称・千畳敷。千枚もの畳が敷けるかどうかはともかく、わずかに開けた平地を取り囲むように土産物屋が軒を連ねる。行啓の皇族方も訪れる鳴門観光のメッカだ。
展望台から見ると、大鳴門橋と海峡がパノラマのように広がる。すぐ横の土産店は改装のためか、二階部分がシートで覆われている。レジの奥で三人の女性がミカンをほお張っていた。
「大鳴門橋のとき? あんときは一年くらい前から見に来よったな。二階の食堂も入れて今は従業員が十二人やけど、当時はアルバイトを入れて二十人じゃあきかんかった」
鳴門市と兵庫県淡路島を結ぶ大鳴門橋が開通したのは昭和六十年六月。その前年から完成間近い橋を見ようと、観光客がどっと押し寄せた。
「土曜も日曜も関係なかった。昼食のお客さんだけで一日に七百人くらい入りよった。予約のない人は帰りよったな」
六十年に鳴門を訪れた県外観光客は三百五万人。徳島県内を訪れた県外観光客の半数を占めた。しかしブームもつかの間。瀬戸大橋が開通した六十三年は二百六十万人と盛り返したものの、平成元年以降は二百三十万人前後で推移し、阪神大震災に見舞われた七年は二百万人を割り込んだ。
「震災から客は全然…。そりゃあ明石海峡大橋には期待しとう。ここ数年間、辛抱してきたもん」
二階で食堂を営むこの店には、明石海峡大橋が開通する四月五日以降、昼食の予約が次々と舞い込んでいる。その大半が京阪神の日帰り観光客だという。
「淡路の観光業者も不安がっとる。そのまま走っていったら終わりやけんな。けど、ここは渦潮があるけん。また来てや」
■最後のチャンス
八月の阿波踊りシーズンに集中する観光パターンをいかに「通年型」にするか、それが徳島観光の課題だと言われる。明石海峡大橋の開通は、そのきっかけになるだろうか。
大鳴門橋ブームは一過性で終わった。京阪神が日帰り圏に入れば、確実に増えるであろう観光客をいかにリピーターとしてつなぎ留めるか。
「時間距離が短くなれば名古屋までターゲットに入る。通過であろうが、宿泊だろうが、とにかく人が通る。これは大きなチャンスです」
こう気を吐くのは、鳴門観光興業社長の小山雅規さん(46)=鳴門市撫養町。大学三年のとき、タクシー会社を経営していた父親が急死し、大学を中退して後を継いだ。
平成元年、鳴門公園の小高い山に高低差三十四メートル、全長六十八メートルのエスカレーターが売り物の「エスカヒル鳴門」をオープン。五年前には四国一番札所・霊山寺の門前に、お遍路さんの巡礼用品や土産物、軽食コーナーを備えた「門前一番街」を開業した。
「道路沿いに店があるとします。その近くにバイパスができると分かっていたらどうします? 土地だけは確保する。先行投資しなければウソですよ」
「チャンス・ロスをなくせ」が小山さんの信条であり、同社の鉄則。
「ブームが三年持つかどうか分かりません。通過点でもいい。当面は、あえてB級の観光地でもいい。でもブームが去ったときに光っていなくては。これが最後のチャンス。いずれ室戸に進出したいと思っています」
そんな小山さんにも不安はある。
「大鳴門橋開通の前年は春先からお客さんが増えたし、先行投資をしても行けると思った。でも今度は兆しがない。それがちょっと怖い…」
【写真】大鳴門橋と渦潮が一望できる鳴門公園の千畳敷。静かに4月の明石海峡大橋の開通 を待つ(鳴門市鳴門町)
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