弘法大師筆尺牘(せきとく)三通 (風信帖=ふうしんじょう)
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国宝 東寺蔵
(紙本墨書28.8×157.9センチ)
平安時代
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風信帖(ふうしんじょう)は、日本の国宝の中でもベストテンに入り、書の部門ではもちろんトップだと、東寺宝物館教学部主事の藤田昭弘さんは胸を張るように言った。東寺の寺宝の中で、最も出展依頼が多いが、ほとんど断っているという。
空海が最澄に送った尺牘(せきとく・書状)三通を一巻に収めたもので、風信帖の名は、第一通の書き出し「風信雲書」から来ている。三通とも空海が唐から帰国後の八一二年ごろのものらしい。
お経の「止観妙門」を贈られたことへのお礼や、比叡山へ招かれたがまだ行けない、最澄にも高雄山寺へ来てほしい、約束の仁王経を都合で届けられない――といったことなどが書かれている。最澄との親交の様子が、はっきりと伝わってくる。
東寺には五通の空海の書状があったが、一通は南北朝時代に盗まれ、もう一通は豊臣秀次の所望により献上されたという。
後に三筆と呼ばれた空海は、唐で書についても多くを学び、日本の書の世界に新たな活力をもたらしたことでも知られる。
風信帖には、王羲之や顔真卿などの影響も見られるという。だが、唐の影響を強く受けながらも、一方で自由さにあふれ、特に草書では唐にはない優美さもあるといわれる。
「古跡」を模すことよりも「古意」を学ぶことに心を砕くべきだという、空海の書についての考えが、見事に実践されているのだと、指摘されている。
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