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21世紀へ夢託し紙風船 「ふれあい高新IN伊野」が閉幕
「新世紀への発信」をテーマに三日から吾川郡伊野町で繰り広げられていた移動高知新聞「ふれあい高新IN伊野」は最終日の七日、そば打ちなどを体験する「ふれあい高新体験ツアー」の一行が伊野町へ。また移動編集局が設けられた「すこやかセンター伊野」も、大勢の人で終日にぎわった。
地域に密着した重点的な報道や住民代表と高知新聞社幹部の夜なべ談義、さらに多彩なイベントを絡ませた「地域と共に考える新聞づくり」は、読者とのきずなをさらに深めて五日間の全日程を終えた。
「体験ツアー」参加者は、仁淀川沿いの同町鹿敷の土佐和紙工芸村と同町波川の仁淀川河原へ。そば打ち体験や芋煮会に参加して地域住民の温かい“もてなしの心”に触れた。同会場では川内小学校の児童、父母らが鳥をかたどった紙風船などを一斉に秋空へ。二十一世紀に向けた子供らのメッセージを託された約二百個の“エコ・バード”が、青く澄み切った大空へ舞い上がった。
一方、「すこやかセンター伊野」では、二日目を迎えた「第十五回伊野町健康まつり」が大盛況で、近森病院の石川誠医師が「心と体と社会の健康」と題して講演。またパネル写真で県勢の活躍を伝える国体コーナー、伊野町農協による特産品即売、紙こいのぼり製作体験、健康相談コーナーなどに多くの人の輪と行列ができ、終日にぎわった。
古里への思い添え 子どもたちの紙風船飛ばし
届け! 新世紀へのメッセージ――。伊野町波川の仁淀川河川敷では紙風船飛ばしが行われ、「伊野はいい所。遊びに来てね」と、子供たちの思いを託した二百個余りの紙風船が秋晴れの大空に舞い上がった。
風船飛ばしは、同町鎌田の川内小PTAなどが毎年開いている「川内芋煮会」に協賛して開催。同小の児童や父母、「ふれあい高新体験ツアー」の参加者ら約三百人が河原に集まった。
出来立ての芋煮をほお張った後、子供たちは早速メッセージ作り。「これを拾った人は、その日から私の友達」(川内小五年・笹岡菜生さん)、「大きくなっても川を汚さず、楽しい町にしたい」(同四年・細木康広君)と、“将来の友”へのあいさつや、大好きな古里への思いなどさまざま。
メッセージは、マニラ麻で作られた水溶性のエコ紙風船に結びつけられ、掛け声とともに一斉に舞い上がる。「すごいぞ、すごい」。歓声を上げながら河原を走る子供たちを残して、“未来への希望”が澄み渡った青空に吸い込まれて行った。
【写真】川内小児童らのメッセージを託され、一斉に大空に舞い上がる約200個の紙風船(伊野町波川の仁淀川河川敷)
電車はなぜ伊野まで? 紙、原料輸送で明治に開通
吾川郡伊野町と高知市を結ぶ路面電車。土佐電鉄が伊野に乗り入れたのは明治四十一年のことで、“チンチン電車”が伊野線を走り始めてもう九十一年になる。今は市街地が広がる高知市旭町以西の沿線も、当時はほとんどが人家もまばら。そんな時代になぜ、遠く離れた伊野まで線路が引かれたのか。伊野線開通の歴史をたどった。
「山から見下ろせば、町中が干した紙で真っ白。仕事に行くいうたら、紙工場に行くことじゃった」
伊野町元町の岡田明治さん(94)は、少年時代をそう振り返る。日清、日露戦争に伴う好景気で製紙業は年々盛んに。紙は高知港から京阪神へ船で大量に運ばれた。
「紙運搬の専用電車があった。電停の横に積み場があって、桟橋まで電車で運んだ。桟橋からは紙工場で使うパルプや石炭が電車で運ばれて来た」と岡田さん。
紙を港に運ぶ手段は専ら電車だった。「土佐電鉄五十年史」に電車開通前の製紙業界の輸送事情がこう書かれている。
「高知港までの荷馬車賃と積み込み賃は(高知港から)京阪神までの運賃額と大差なく(中略)、他県に太刀打ちできないので伊野線開通の実現を要望していた」
そして明治三十六年に「土佐電気鉄道株式会社」設立。発起人の中には伊野の紙商人の名も見られる。電車による紙や原料の輸送は、当時の伊野製紙業界の悲願だった。高知市中心部での開業から遅れること四年。ようやく伊野まで線路が届き、町を挙げて祝ったという。
しかし時代の流れとともに、紙の輸送手段は電車からトラックへと移る。伊野発の電車はその後、高知市への通勤通学の足としてにぎわった。しかし、マイカー時代の到来で、乗客は目に見えて減少に向かう。
土佐電鉄の野々宮慧社長は「私が運転していた昭和三十年代は、伊野線は二両編成でも満員だった。隔世の感です」と往時を懐かしむ。しかし「高知の主要産業を背負ってきたのがこの路線。利用される方がいる限り、いつまでも電車が走る風景を守り続けたい」と話している。
【写真】紙、パルプなどの輸送手段として明治時代に開通した土佐電鉄の伊野線(伊野町北内)
そば打ち芋煮体験 ふれあいバスツアー
「ふれあい高新IN伊野」の一環として体験バスツアーが七日、吾川郡伊野町内を巡った。高知市や南国市などから約三十人が参加。そば打ち体験や芋煮、「健康まつり」など手で舌で耳で、伊野を堪能した。
ツアーは午前八時、高知市本町三丁目の高知新聞社を出発。まず同町鹿敷の土佐和紙工芸村で、そば打ちを体験した。年配の女性グループは「懐かしいね」。子どもたちも「面白い。将来は調理師」と服をそば粉で真っ白にしながら楽しんだ。
次は同町波川の仁淀川河原で、川内小学校PTAと「開かれた学校づくり推進委員会」が開く芋煮会へ。地域住民ら約三百人と一緒に河川敷の清掃に汗を流した後、アツアツの芋煮に「自然の中で食べるとおいしい」と舌鼓を打った。
最後は「健康まつり」が行われている駅南町の「すこやかセンター伊野」。物産販売の小間を回ったり、健康講演会に耳を傾けた。
【写真】そば打ちに挑戦する体験バスツアーの参加者たち(伊野町の土佐和紙工芸村)
健康講演会に200人 自立して明るく生きる
吾川郡伊野町で行われていた「ふれあい高新IN伊野」を締めくくる「健康講演会」が七日、同町駅南町の「すこやかセンター伊野」大会議室で開かれ、中高年の女性を中心に約二百人が熱心に聴講した。
「伊野町健康まつり」の一環で、同町と高知新聞社が主催。講師は医療法人近森会理事、リハビリテーション科の石川誠科長(53)。石川さんは「心と体と社会の健康」をテーマに講演した。
「戦後、日本人は経済復興という一つの価値観に必死にしがみついて走ってきたが、今、人々は本当に幸せになっているのだろうか」と提起。「健康であるということは、病気でないこととは違う。自立して、たくましく、明るく生きていくことだ」と続け、「今問題となっている介護保険は、市町村が自分たちでサービスや保険料を決めることができる。住民が十分に議論を重ね、どう使いこなすか、自分たちで決めて将来の不安を解消しよう」と呼び掛けた。
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