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◆12 ヒヤミカチ(沖縄県)
かつて、沖縄は移民県だった。南米を中心に、現在、36万人の県系人が世界中で活躍している。
見知らぬ土地に行くのだから、誰しも不安だったろう。その際に、元気をつけようと「ヒヤミカセー!」と気合を入れた、という。自分だけでなく、周りの人々の士気をも鼓舞する。例えて言えば「七転八起の精神でガンバロー」という意味になろうか。他府県人にも負けないぞ、という気負いもあった。
実は、この言葉を使った「ヒヤミカチ節」という島うたを作詞したのは、海外移民の先駆的役割を果たした、平良新助(1876―1970年)だ。
「彼自身も戦前、アメリカに移住。レストラン経営で成功を収めた。戦後、帰郷したが、古里の惨状を目のあたりにし、人々に希望と誇りをもたらそうと、このうたを作った」。島うたにも詳しいフリー・ランスの仲宗根幸市さん(64)はいう。
「戦争で打ちひしがれた人々に、このうたが果たした役割は計り知れない。もっともっと評価されていい」
世界中に散らばる県系人を古里に集め、ネットワークを強化しようと、県は90年に「第1回世界のウチナーンチュ大会」を開く。10月には4回目が開かれ、過去最多の4500人が集った。「ヒヤミカセー」と送り出された人々が、希望と誇りを胸に、夢に見た父祖の地に立った。
【写真説明】「ヒヤミカセー」(気合を入れて)、と送り出された移民たちが、父祖の地で一堂に会した第4回世界のウチナーンチュ大会(沖縄県宜野湾市)
(琉球新報) (2006年11月27日付・夕刊)
=おわり |