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10 未来へ 模型の神様ついとる
フィギュアを芸術の域までに高めた――。文化庁は昨年12月、海洋堂創業者の宮脇修さんの功績を高く評価して「メディア芸術祭」功労賞を授与した。授賞理由を引用する。
〈それらのフィギュアは食玩といわれる極めて安価な商品で、コンビニなどの店頭で販売されるものでありながら、大胆な造形美と高い品質を維持している点では、浮世絵などの日本の美術工芸の伝統を継承している。長男、修一氏の協力を得ながら、商品の魅力だけで世界を魅了するに至った、日本のメディア芸術の新しい分野を開拓した宮脇修氏の功績は極めて大きい〉
食玩の次へ
「食玩はもうやめるんですよ。企業として永らえるには続けたらええんやろうけど、もうおもろない。正しい企業やないんです」
大阪府門真市の海洋堂本社の応接室で、およそ2000個もの自社食玩コレクションを背に、宮脇修一社長は話す。
「オタクというものがお上にまで認められて、日本の将来を担うと言われる時代になった。そのきっかけに食玩はなった。フィギュアという言葉も市民権を得た。そういう意味では大きい出来事でした」
「これまで、おまけ屋ごときに身を落としていましたからね(笑)。やはり造形物で一本立ちしていきたい。食玩から離れた次の展開を考えていますよ。なんかね、われわれには模型の神様がついとって、遠くに漠然とした勝ち目があるような気がしてる」
【写真説明】海洋堂の将来を語る宮脇修一社長(大阪府門真市の本社)
ものづくりの拠点
海洋堂本社から創業者の宮脇修さんの運転で、滋賀県長浜市の「海洋堂フィギュアミュージアム黒壁」に向かった。車中で宮脇さんに話を聞く。
「日本人はアートを日常的に楽しむということが欠けてる。でも、楽しみたい気持ちはみんな持ってるんや。この食玩という手のひらに載る小さなフィギュアは、美しい物を楽しむという目を育てた。これがね、150円の食玩でやれた。そのことが大事なんよ」
故郷高知への思いも話す。
「自分の中でね、なんかこれまで高知を避けてきたような気持ちがあった。でも出会いというのは不思議なもんで、スーパーハチキンさんたちがやって来たりして、なんか高知にがんじがらめになったような気がしている(笑)」
「高知にミュージアム造るんやったら、全国から人を呼べるようなもんにせなあかん。ただフィギュアを並べるだけでなくて、そこがものづくりの拠点となって、若い人たちが一生懸命やるんや」
宮脇さんが高知に思い描いているのは、ものづくりの一大アミューズメント・ビルディング、すなわち長年の夢である「ホビー館構想」にほかならない。
【写真説明】故郷高知への思いを話す創業者の宮脇修さん(高知市高須の県立美術館)
(学芸部・竹内 一)
(2006年6月2日付・朝刊)
=おわり
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