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7 日本文化の象徴 「オタク」の一大転換
「新横浜ありな」ちゃんの身長は55メートル。秋葉原電気街のJR高架をまたいで、下を走る車を踏んづけちゃった――。
2004年イタリアで開催されたベネチア・ビエンナーレ国際建築展での日本館のテーマは「オタク」=キーワード=だった。写真のフィギュア「新横浜ありな」は、公式カタログに付けられていたもので、海洋堂とかかわりが深い造形師・大嶋優木さんが制作した。
東京のワンダーフェスティバル会場では、限定販売された大嶋さんの「ワンダちゃん&リセットちゃん」に、買い求める客の行列ができるほどの人気。これは「着せ替えフィギュア」で、本体以外に制服や悪魔の扮装(ふんそう)などが用意され、バリエーションを楽しむことができる。
今、県立美術館の企画展には、この「ワンダ&リセット」がおよそ1000体並び、圧倒的でめまいを覚えるような光景をつくり出している。
日本特有の文化
蔑称(べっしょう)の色合いが濃かった「オタク」という言葉は1990年代後半から2000年に入って本格的に変化する。もっと肯定的な言葉として使われるようになってきた。
そこには、宮崎駿アニメやSFアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」などの成功があった。これまで「オタク的」だといわれたものが幅広い層に受け入れられ、海外からも日本特有の文化だと認められたことなどが背景だ。オタクを自認する男性が主人公となった「電車男」のヒットも記憶に新しい。
2002年の「第二回日本オタク大賞」は海洋堂に贈られた。この賞は、オタクの教祖的存在である評論家の岡田斗司夫らが、その年に最も優れたオタク的なものを選び授与している。
欲望の具現化
宮脇修一・海洋堂社長は「隠れていたオタクたちが表に出てきたんですね。オタクという言葉のパラダイムシフト(一大転換)が起こって、それは社会現象にもなりました」と言う。
冒頭のベネチア・ビエンナーレ日本館は、秋葉原が電気街からオタク街へと変容する姿を模型化し、オタクたちの部屋も再現して展示した。
「バルタン星人を作ろうと思うけど、どうしても背中が見えない。その後ろ姿を調べ続ける。それがオタクの楽しさです。海洋堂はオタク集団で、興味の対象はそれぞれですが、同じ血が流れているんだと思いますよ」と宮脇社長。
海洋堂はオタクたちの欲望をフィギュアや模型に具現化してきたが、それはやがて企業のイメージ戦略にも使われるようになっていく。
【写真説明】ベネチア・ビエンナーレ国際建築展の日本館カタログに同封されたフィギュア

オタク アニメや漫画など主にサブカルチャー系に没頭する人を指す。語源は諸説あるが、お互いを呼び合うときに「お宅」と呼び合ったからとされる。1983年に連載された中森明夫の評論「おたくの研究」から広まった。一般的な単語として定着したのは1989年といわれている。
(2006年5月30日付・朝刊)
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