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1 食玩革命・上 これほど売れるとは…

これほど売れるとは誰も思わなかった。
海洋堂がフルタ製菓と組んで発売した食玩=キーワード=「チョコエッグ」は、恐ろしいほどの勢いで売れていった。
1999年9月から売り出した「チョコエッグ」は、月14万個の目算を軽々超えて、発売した月は60万個が売れた。10、11、12月もそれぞれ30万個を記録する。
海洋堂が制作したのは、卵形のチョコレート菓子「チョコエッグ」の中に入れる「おまけのおもちゃ」だった。空洞のチョコレートを割ると、中から小さなカプセルが出てくる。そこに小さな動物の「おもちゃ」を入れた。
「絶対に売れない動物シリーズにしよう」
製菓会社に対して海洋堂の宮脇修一社長(48)=当時専務=は提案した。
これまで海洋堂が制作してきた恐竜など動物関連のオリジナル模型などは、「いかに売れへんか」身に染みて分かっている。
このころ食玩は大手メーカーが先行しており、ポケモンやキティちゃんといった人気キャラクターの使用権は押さえられていた。後発の中堅会社であったフルタ製菓と海洋堂は、版権のない動物ものにせざるを得ないという事情もあった。
天才造形師
流行のキャラクターとは違って、細々と息長く子どもたちに売れたらいい。両社ともそう考えていたのだった。
それがとんでもないことになったのは、その「おまけのおもちゃ」があまりに精巧で見事な出来栄えだったからだ。
「チョコエッグ日本の動物コレクション」のフィギュア制作を担当したのは、同社が誇る造形師・松村しのぶさん(43)だった。恐竜など動物の原型作りに天才的な才能を持つ。「世界一の動物スカルプター(彫刻家)」とも称されていた。
その彼が手掛けた「おまけのおもちゃ」は、従来の食玩のレベルをはるかにしのいでいた。それはもはや「おもちゃ」でなく「動物フィギュア」という安価な美術品だった。動物や昆虫研究の専門家たちもその細工を絶賛した。
「大人買い」
動物シリーズは次々発売されて、2001年秋には月600万個が売れた。他メーカーを圧倒していた。子どもよりも、大人たちが夢中になって買い集めていた。全シリーズをそろえるために、いくつもまとめて食玩を買う「大人買い」という言葉も生まれる。
「造形師・松村しのぶという名前が入った食玩が、店の棚いっぱいに並んでいる。ざまあみろと思いましたね」
宮脇社長は言う。
同シリーズは累計で1億2000万個を売り上げた。
【写真説明】海洋堂の宮脇修一社長。そばにあるのは最近購入した実物のドイツ軍88ミリ砲(大阪府門真市の海洋堂本社倉庫)
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「造形集団 海洋堂の軌跡」展が20日、高知市高須の県立美術館で開幕した(同館と高知新聞社の主催)。幡多郡黒潮町出身の宮脇修氏が創業した世界的なフィギュア制作メーカー・海洋堂(大阪府門真市)の歴史と今を紹介する。(学芸部・竹内 一)

食玩(しょくがん) おまけの玩具が付いた食品の総称。1927年に江崎グリコが菓子にカードを付けたことから広まったともされる。その後、カルビー製菓のプロ野球選手カードやロッテ・ビックリマンチョコのシールなど、菓子よりおまけを欲しがるというヒット食玩が生まれた。
(2006年5月21日付・朝刊)
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