「黙っていても『標準的な治療』が受けられるとばかり思っていた。お医者さんに言われた通りにしていたら治ると信じていた。でも実際のがん治療は…そんな易しいものではなかったんです」
県中部に住む30代の女性、茜さん(仮名)は昨年1月、胃がんの手術を受けた。だが今年に入って卵巣に転移が見つかり、4月に再手術。
現在は、完治する日を信じ、手術を受けた高知医療センター(手術当時は県立中央病院)▽抗がん剤治療を受けている東京の病院▽幼少時からかかっている地元の病院…などと、複数の医療機関で治療を受けている。
予期せぬ手術
「手術を視野に入れて総合病院を受診してください。あなたの選んだ病院に紹介状を書きますから」
昨年1月初め、茜さんは胃カメラの検査を受けたクリニックでこう告げられた。
見つかったのは異型細胞。がんなのかどうかも分からないのに、手術が必要―ただそれだけの情報で素人が一体どこの病院を選べというのか?
当然、クリニックが自分の病状に合った病院を紹介してくれるはず―そう漠然と思っていた茜さんは納得できず、医療から一方的に突き放されたような不安ばかりが募った。
職場の上司らが情報を集めてくれ、家族と一緒に悩み抜いた末、県内で唯一の“地域がん診療拠点病院”でもある県立中央病院(当時)を受診することを決めた。
茜さんは検査後、すぐ入院。胃と胆のうを摘出する手術を受けた。術後は抗がん剤の服用、婦人科での卵巣などの検査…と、治療の過程に妙な違和感を覚えながらも約40日後には退院した。
その後も定期的に通院していたが、ある日、自分のカルテを見て事実を知った。
自分の病気だから
茜さんの病気は、主治医が説明していた初期の胃がんではなく、スキルス性の進行がんだった。家族が手術後、主治医に対して「本人には告知しないでほしい」と頼んでいたことも知った。
「真実を知りたい」と主治医と話すうちに、茜さんの中で入院当時から抱いていた違和感が次第に大きくなり、疑問へと変わっていった。
自分の病気について知る権利があるのではないか? 自分が分からないところで治療されて、それで運よく再発もせずに元気な老後を迎えられたら万々歳だろう。でも運悪く…となったときに後悔するのではないか? 自分の人生だから納得した生き方をしたい―。
茜さんは夫とともにインターネットを使って、自らの病理診断結果を調べた。より多くの情報を得るため、セカンドオピニオンも複数受けた。
とはいうものの、茜さんは今でも、病院選びを間違ったとは思っていない。「主治医は手術の腕も評判だし、自分のような病状の場合、術後の補助的抗がん剤治療はしないという医師が多い中、一定の抗がん剤治療をしてくれましたから」
そんな中、「それだけでは不十分。私なら再発を前提に考え、再発がんに有効な治療をする」と言う東京の医師と出会った。その医師がしてくれるという胃がんに対する補助的抗がん剤治療は研究段階で、まだ確立されてはいない。しかも、再発するかしないかも分からないがんに対して行う治療。結果が出るのは、完治の目安とされる5年が経過したときだ。
茜さんはただ何もせずにじっと待つことが嫌だった。自分の人生なんだから、主体的に治療を受けたい―。夫婦でありとあらゆる情報を集め、東京での補助的抗がん剤治療を選択、希望を託した。
だが、病魔は静かに、茜さんの体をむしばんでいた。
【写真説明】抗がん剤を調剤する。無菌製剤室で薬剤師が薬量をチェックしながら行う(高知医療センター)
(統合病院取材班)
=2005年8月4日付・朝刊
|