高知中央病院が重視してきた医療がある。ここ20年近く、心血を注いできた分野と言っていい。妊娠後期から出産後にかけての命を見守る「周産期母子医療」だ。
「この分野は、患者の奪い合い、競合なんてない。地域の医師との連携も緊密」
医師たちは口をそろえる。「子どもの命を守る」「助け合わなければ」。強くそう思わざるを得ない、切迫した事情も高知にはあった。
【写真説明】保育器の中の赤ちゃん。お母さん、そばにいるからね(高知中央病院)
全国最悪
1980年代後半、県民にとって極めてショッキングな数字が発表された。胎児と新生児の死亡率である。
87年、出産7日から28日未満の本県の赤ちゃんの死亡率は1000人当たり4・7人。88年、妊娠22週目から出産後7日未満の胎児、新生児の死亡率は1000人当たり15・6人―。ともに全国最悪。高知の赤ちゃんは一番「死」に近い所にいた。
高知医療センターの総合周産期母子医療センター長に就く吉川清志氏が中央病院小児科副医長として赴任したのは89年。「この死亡率を下げなければ」。そう思った吉川氏は1年後、容体が心配される赤ちゃんや母親をいつでも各病院から受け入れられる態勢を整備した。
命の危機に直面した新生児らをこれまで以上に救えるようにはなった。しかし、「搬送がもっと早ければ、助けられたのに」といった症例もあった。赤ちゃんや母体がどんな兆候を見せれば搬送が必要か。地域の産科医たちに繰り返し伝え続けた。
医師たちの地道な取り組みが少しずつ実を結び、胎児、新生児の死亡率がそろって全国平均より改善されたのは96年。その後も一部の年を除き、全国平均かそれ以上の水準を維持している。
増える未熟児の割合
「赤ちゃんの死亡率を何とかしたい」。それは当時の県内の医療機関、共通の思いだった。そうした中、中央病院は高知医大付属病院(当時)などの基幹病院とも積極的に連携、横のつながりを広げた。
地域の医師から受け入れ要請があれば、もし中央病院が満床であっても同病院の医師が患者を迎えに行き、車で同付属病院に送る―。ほかの分野にはないそんな光景も見られるようになった。
ただ、3つ子以上の多胎妊娠の増加などで未熟児の割合は年々増えている。少子化でも「各病院のベッドは(受け入れが)ぎりぎりの状態」と話す医師もいる。「仕事がきついのに金にならない」。そんな理由もあって、周産期母子医療にかかわる医師は不足している。
課題を抱えながらも、死亡率の減少に挑む現場。医療センターでは出産だけでなく、育児の分野にも力を入れ、虐待防止などを含めた母子の心のケアにも取り組む。
ある午後の中央病院・新生児未熟児室。「あっ、笑ったねえ」。お母さんが保育器をのぞきこんで笑い掛ける。優しいまなざしの向こうに、わずか3センチほどの手のひらでママの手を懸命に握ろうとする小さな命があった。
◇
救える命を守りたい―。医師や看護師らのひたむきな思いが高知の母子医療の水準を一歩一歩、押し上げてきた。
診療科目や専門分野を問わず、県内の医療従事者にはどの患者のどんな疾病にも手を携えて立ち向かってほしい。高知医療センターは3月1日に開院する。
(統合病院取材班 政治部・岡林直裕 学芸部・小川一路 社会部・宮崎順一) =2005年2月16日付・朝刊
=第2部おわり=
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